9

白い世界だった。
白以外、何もない世界だった。
そこに私は一人でいた。
周りには何も無い。
ぼんやりと見える光。
あたたかいそれにふれようと手を伸ばす。
ふれる前に何か大きな音がして、世界が掻き消える。
残されたのは、優しい声ではなく、ぎしぎしと何かが軋むような音。

――何の音?
――ああ、これは、きっと、私の――。


「――わたし、の」

凪はぽつりと呟きながら、ゆっくりと瞼を上げた。
目の前に見えたのは、今いないはずの斎槻。
驚いて、目をぱちくりさせていると、

「あ、起きた?何かとてもうなされていたからね。大丈夫かなと思ったんだ」

嫌な夢でも見たのかい?
と、心配そうに聞く斎槻に、凪は首を傾げた。
言われてみれば、何か見たのかもしれないのだが、どうしてもその『何か』が思い出せない。
ただ、確かに嫌な夢であったことは確かのようだ。
――否、確か途中まではすごく幸せだった気がする。
そう考えながら、むくりと起き上がる。
妙な浮遊感が一瞬体に纏わりついて、すぐに元に戻った。

「――凪?」

心配そうな斎槻に、凪は大丈夫だと告げて、ベッドから降りた。
そして、時計を確認して、

「……早かったですね」

と言った。
今の時間は、午後の3時を少し回ったくらいだ。
予想通りといえばそうなのだが、もう少しゆっくりしてくるものだと思っていた。

「ん?ああ、うん。まあ、帰ってきたのは僕だけなんだけどね」
「?」

さらに首を傾げる凪に、斎槻は笑って言った。

「涼がね、買い物終ったあとに女の人につかまってね。僕はそういうの苦手だから逃げてきたんだ」
「……」

ふう、と凪が溜息をついた。

「そういうわけで、帰ってきたのは僕一人なんだ」
「……」

凪は頷くと、

「じゃあ、お茶でもいれますね」

と言って、部屋から出ようとした。

「あ、ちょっと待って」
「……何ですか?」

怪訝そうに振り向くと、斎槻がおいでおいでと手招きする。
にこにこと笑っている。
その表情に、抵抗する気が失せて、のろのろと斎槻に近付く。
目の前に立つと、斎槻は凪の頭にそっと手を乗せて、優しく撫でた。
そして、反対の手を凪の目尻に当てる。

「?」
「涙の後がある」
「……?」

斎槻の言葉に凪は首を傾げ、顔に手をやる。
薄っすらとぬれる掌に、少し驚いた顔をした。

「怖い夢を見たんだね」

そう言って、斎槻は優しく笑む。
凪は益々訳がわからないという顔をして、斎槻を見た。
斎槻は悲しそうに笑って、凪を撫でた。
それに、凪は一瞬身を強張らせる。
が、優しく頭を撫でる斎槻の手に、何時の間にか緊張はほぐれ、すうっと力が抜ける。
それと同時に襲いかかる疲労感。
ずしり、と体が重くなって、思わず斎槻に寄りかかる。
斎槻は何も言わずに、凪の背を優しく撫でていた。
じわり、と込みあがる何かに気付きながら、凪は瞼を下した。





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