7

次の日。
凪がいつもの通り買出しを終えて帰路についていた時の事だ。
いつも通り過ぎる公園で変な物を見て、不覚にも足をとめてしまった。
物というか者なのだが、どこの辺が変なのかというと、全体的に変だった。
それは公園のベンチに座って、湯気のたつお茶を飲んでいた。
それだけなら普通だっただろう。
しかし、その人間は着物姿でわざわざ急須と湯のみを使ってお茶を飲んでいるのだ。
これが日本なら――といっても、確実に浮くだろうが文化的な面で見るのなら――まだ理解できる。
が、ここには日本とは似ても似つかない洋風建築が並んでいるのだ。

―――へん……な人だ。

凪は内心そう呟くと、興味本位から少し近づき、その人間――見たところ日本人らしい顔立ちをした男性だ――を少し離れたベンチに座ってぼうっと見た。

「―――あ」

不意に、その男と目が合った。
男はにこりと微笑むと、おいでおいでと手招きした。
凪は一瞬だけ困ったような顔をすると、ゆっくりとその人間に近づいた。

「今日は」
「……こんにちは」

ニコニコと笑ったまま言う男に、凪は少々戸惑ったように間を空けて返事をした。
その人間は大して、というか全くその事を気にせずに隣に腰掛けるように促す。
凪は三秒ほど考え、そして座った。
手に持っていた買出しの袋は自分の隣――男とは反対の方だ――に置く。

「飲むかい?」

すっと差し出された物は、どこから出したのか新しい湯飲みに入ったお茶だった。
凪は軽く礼を言ってそれを受け取った。
変なにおいはしない。
ふわりとお茶のいい香りがしただけだ。
香りからしてアールグレイだろう。
―――きゅうすに湯のみでアールグレイ……。
凪が湯飲みを手に持ったまま、何も言わずに水面をじいっと見ていると、

「ここじゃ中々日本茶が手に入らなくてね」

緑色のお茶が懐かしいよと、しみじみした様子で言う。
凪は何も言わずに少しだけお茶を口に含んだ。
暫く舌先で転がし、違和感が無い事を確認すると、コクリと飲む。
ほのかに柑橘系の香りがして、おいしいお茶だった。

「……なんで、こんなところでお茶のんでるんですか?」

ぽつりと凪が呟くように聞くと男は、あははと笑って、

「気分かな」

そう言った。
凪はそれ以上はなにも聞かずに静かにお茶を飲みながら、男をちらりと横目で見た。
特に変わったところは無い。
当然だが、普通の人間らしい。
男がつけている青い雫型のピアスが、時折シャラシャラと音を立てて揺れる。
凪は少し息をつくと、残っていたお茶を飲み干して、ベンチの上に湯飲みを置き、立ち上がった。

「ごちそうさまでした」

一礼してそう言うと、男は残念そうな声で、

「もう行くのかい?」

と言った。
凪はコクリと頷くと、買い物袋を両手に抱えて、もう一度一礼して踵を返した。
否、返そうとした。

「じゃあ、涼によろしくね」
「…………」

極自然に出された固有名詞に、凪の動きがピタリと止まる。
そして、しばらく怪訝そうに男を見ると、

「――ゆつき……さん?」

ぼそり、と、涼から昨夜聞いた名前を口に出す。
それに男――斎槻は、非常に嬉しそうな顔をして、

「ああ、やっぱり凪ちゃんだった」

と、言った。
ゆっくりと立ち上がり、凪の前にしゃがんで目線を合わせる。

「涼から聞いてると思うけど、僕は東雲 斎槻。君の師匠である涼とは幼馴染で悪友だよ」

そう、穏やかに笑って言った。
そして、右手を差し出そうとして、凪の両手が塞がっている事に気付くと、その手をそのまま凪の頭に持っていった。
他の子供よりも色素の薄い、金に近い色の髪――というか、殆んど金髪だ――を、軽く撫でる。
そして、凪の両手から買い物袋を取ると、

「改めて、君は?」

と訊いた。
凪は一瞬意味が解らなくて、首を傾げたが、すぐに意味を理解すると、

「浅葱 凪です」

と、ぺこりと会釈した。
そして、荷物を斎槻の手から取ろうとした。
が、その前に斎槻が立ち上がった。
そして、

「さあ、行こうか」
「……はい?」
「涼と凪の家だよ。ちょっと道に迷ってね。困ってたんだよ」

――困っててお茶を飲んでたのか……?
凪が訝しげに見ると、斎槻は朗らかに笑った。

「案内して欲しいんだよ」
「それはいいですけど――その、にもつ……」
「ん?ああ、持ってくよ」
「いえ、私もてますから」

だいじょうぶです、と言おうとしたが、その前に斎槻が、

「案内してもらうお礼だよ」

と言って、歩き出した。
それに凪は少し戸惑うと、口を開く。

「方向逆ですよ?」
「んー、ああ、道理で道に迷う筈だよ」

そう、朗らかに笑った。





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