5
その時にはもう雲はすっかり晴れていた。
要はゆっくりと息を吐きながらぼんやりと空を眺めた。
暗い空に所々黒い雲がかかるが、それでも月の光は隠される事無く青白く光る。
もう月がずいぶんと高い位置に昇ってしまっている。
「寒いな」
要の隣で涼がはあ、と白い息を吐きながら言った。
それに要は、冬ですからね、と、月並みの答えを返した。
「まあなー。――こっちがこんなだったらあっちはもっと酷いだろな……」
「あっち?」
小声で呟いた涼の言葉を、要は耳聡く訊き返した。
涼はちらりと要を見て、知りたいか?と訊いた。
それに思わず口ごもる。
知りたくない、と言えば嘘になるが、この人物には何故か強く出れない。
返答に困っている要を見て、愉快そうに口角を上げると、
「凪が行ってるところだよ。『美しき雪国』、だ」
「……北の国なんですね」
「知らなかったのか?」
「全く」
軽く肩をすくめる要に、涼はふうんと意味有りげな呟きを返し、
「じゅあ、なんであいつが毎年あの国に行くのかは?」
と、上着のポケットを探りながら訊いた。
「……人に会いに行くって…聞いてます」
「ああ、そうか。そうだろうな――」
涼は相変わらず意味ありげに呟く。
ポケットを探っていた手がとまり、煙草の箱が出てくる。
そこから一本取り出すと、口にくわえ、同じようにポケットから出したライターで火をつけた。
そして、ずい、と要に箱を差し出し、
「吸うか?」
と、至極真面目な表情で訊いた。
要が両手を左右に振って断ると、冗談だ、と笑った。
この師弟は揃いも揃って要をからかう事が好きらしい。
そっと溜息をついた。
涼は紫煙を少しくゆらすと、そんな要の様子を見て一通り笑った。
実に良く似た師弟である。
まあ、凪のからかい方は本当に心臓に悪いので、涼の方がまだましだとは思うが。
そう考えていると、
「凪がその国に行く理由だがな――半分嘘だ」
と、煙を吐きながら言った。
「……は?」
要は涼の急な発言を二秒かけて理解すると、大層間抜けな声を上げた。
そして、それはどういう意味が訊こうと口を開く前に、涼が言った。
「会いに行く人は居ない、でも、確かに何かに会うために行ってる」
意味解るか?
と問う涼に、要は黙り込む。
全く考えずに解らないと答えるのもどうかと思ったので、少し考えたのだが、やはり解らない。
涼は一向に要が言葉を発する様子が無いのを見ると、
「要するに墓参りだ」
と言った。
そして、煙草の灰を落としながら、
「凪が好きな奴のな」
その言葉に、要は言葉を失い、ただ、驚きの混ざった目で涼を見た。
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