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雨は止んでいた。
午前中いっぱい降っていた雨は、午後になると少しずつ弱くなってきて、夕方にはもう完全に上がっていた。
それでももう日が殆ど沈んでしまっている為、気温が上がる事は無いだろう。
スーパーから出てきた要は、雨がすっかり止んでしまっているのを見て、ちらりと右手に持ったビニール傘を見る。
雨が止んでしまったなら邪魔なだけだが、置いていくわけにはいけないだろう。
ほんの少しだけ溜息を吐いた。
吐く息が白い。

「……寒いな」

誰に言うでもなくそう呟く。
そして、帰路とは反対の方向に足を進める。
今晩は凪がいないために、知り合い――晃の事だ――の所で夕食をとるのだ。
といっても、作るのは要なのだが……。
何処にでもある極普通の住宅地に晃の家はある。
要や凪の家からはバスに乗って20分程の所である。
家は一見小洒落たログハウス、と言ったところだろう。
その家の前に少しだけ色あせている看板がかかっていて、そこにはでかでかと「漢方店」と書かれている。
ちなみにこれを書いたのは涼である。
なんでも、晃が看板に何を書こうか迷っていたのを見かねて書いたらしい。
確かにストレートで解りやすいが、何処と無く馬鹿っぽいのは気のせいだろうか。
要は扉の部分にかけられた「本日休業」という札を一瞥とすると、裏に回った。
そして、裏口についているブザーを鳴らした。

「……いない?」

ニ、三度鳴らしてみるが、何の反応も無い。
確かにこの時間に来ると連絡しておいたはずなのだが、と首を傾げると、ドアノブに手をかけた。
ぐるりと右に回せば、つっかえる様子も無く綺麗に半回転する。
「……」
要は怪訝な表情をしつつ、そのまま扉を外に引いて開ける。
「すいませーん」
少し声を張って言う。
すると、奥の方からガタっと言う物音の後、何故か疲れた顔をした晃が出てきた。
晃は要を見ると、少し顔を輝かせた。
助かった、と言わんばかりに。

「……どうかしたのか?」

訊くと、晃はつかれきった声で、

「いや、ちょっと部屋が台風来た後みたいになっててな……いや、今も現在進行で台風が上陸中っつーか……」
「?」

怪訝な表情を浮かべる要に晃は、あー、と若干間の抜けた声を出すと、白い髪をかきあげて、親指で出てきた方を指した。
見て来い、という事らしい。
要は訝りながらも、晃が出てきた部屋を覗く。
そこは紙束や本やペン、辞書などが床に散乱していた。
先ほど晃が言ったとおり、確かに台風が通った後のようだ。
だが、それよりも目に付くのは、その部屋の中心にいる人物二人。
一人はタバコをくわえながら、ゆったりとソファーに座っている涼。
もう一人は、そんな涼の正面に立って、肩を震わせている女性――冷菜だった。
冷菜は綺麗な顔をこれでもかという位に歪めていた。
美人は怒っても美人だというが、それは明らかに嘘か、かなり贔屓目に見ているのだろう。
現に、今明らかに怒っているであろう事がありありとわかる冷菜の表情はとても恐ろしい。

「……」

要は無言でドアを閉め、晃に振り向いた。
そして、小声で、

「……何があった?」

と、心底不思議そうな――いや、嫌そうな表情で訊いた。

「涼が姉貴の琴線に触れて、喧嘩勃発。……喧嘩っつーか、姉貴が一方的に怒ってるだけだけどな。――仕事部屋でやられ無くてよかったよ」

息を吐きながら、疲れたようにゆっくりと首を振って言った晃。

「……そうか」
「……そうなんだ」
「……」
「……」

数秒の沈黙の後、二人は同時に溜息をこぼした。

「……あ」

ふと、晃が要の持っていたスーパーの袋を指差した。
要はああ、と呟くと、少し持ち上げて、

「鍋の材料。こんだけ寒いといちいち出てくのも億劫だろうから」
「悪いな。本当は要がきたら買いに行こうかと思ってたんだが、どのみちこれじゃあ行けそうに無いからな。ほっとくと家が壊される」

晃が最後の方半ば苦笑しつつ言った言葉に、要は乾いた笑いをこぼしておいた。

「台所借りるぞ」
「ああ、手伝うよ」

二人が台所に行こうとした時に、一度静かになった部屋から再びすさまじい音がしたが、二人ともそれを聞かなかった事にした。





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