epilogue

「……何、してるんですか?」

凪は、目の前の惨状に思わずそう呟いた。
今凪の目の前に広がっているのは、床一面に広がった――本と紙の束。
殆ど足の踏み場がなくなっている。
そして、その部屋の真ん中に、本と紙に埋もれるようにして一人の人間がしゃがみ込んでいた。
その人間――シグマと言う――は、くるりと体をこちらに向けて、

「書庫のせーりや」
「整理?」

これが?とでも言いた気な凪に、シグマはすねたような口調で、

「せや、整理や。冷菜が資料漁ってたおかげでこんなんになってしもたん」
「ああ……」

シグマの言葉に、凪は納得したように呟く。
そして、思い出したように声を上げると、

「そういえば、冷菜さんって何処に居るんですか?」

と訊いた。
冷菜とは、今凪が居る家――というか、屋敷に近い広さなのだが――の主であり、林家という医家――幅広く医学に通じている家系のこと――の主である。
かなりの名門であるが、あくまでそれは表向きで、裏では霊主に通じる仕事をしている。
例えば、仕事の来なくなった霊主に何か仕事を与えたり、林家で雇って、鬼について昔の記述などを元にさまざまな研究をしたり――いうなればハローワークのようなものだろうか。
凪自身、この林家には色々とお世話になっているのだ。

「冷菜?研究室におらんかった?」
「はい」
「そかー……うーん……。どこにおるやろなぁ……」
「あ、知らないなら良いんです」

有難う御座いました、と軽く会釈をしてその部屋を出た。

「さて――」

何処を探したものか。
そう思った瞬間――。

「あ!凪っ」

後ろから叫ぶようにして名前を呼ばれる。
そして、振り返ると、

「うぐ!」
「あー、会いたかった!!」

思いっきりタックルをかまされた。
正確には、抱きつかれたのだが、とにかくものすごい勢いで抱きつかれた。

「れ、冷菜さん……苦しいです」
「あ、ごめんごめん」

やっとの事で言葉を発すると、冷菜はからからと笑って凪から離れる。
『――圧死するかと思った……』
凪は呼吸を整えながら内心呟いた。
冷菜はすらりとしたスタイルの良い美人で、背はもちろん凪より高い。
そのため冷菜が普通にたって凪に抱きつくと、丁度凪の顔の位置に胸が来る。
かなり苦しい。

「で、どうかしたの?」

凪が落ち着いたころを見計らって、冷菜が聞く。
「あ、これ、晃さんから預かってきました」

そう言って、封筒を手渡す。
以前の茶葉の代金の代わりの仕事、である。
冷菜は、一瞬きょとんとすると、

「あの子もいい加減戻ってくればいいのに……」

と、言いながらも、手紙を受け取った。
そして、ありがとうね、と凪の頭を撫でる。
しばらくそうしていたが、ややあって、ふと手を止めた。

「そう言えば、今年はどうするの?行くの?」

主語を入れてない言葉だが、凪は何のことか察すると、

「ええ。――お願いできますか?」

と返した。

「別にいいわよ。えっと、飛行機の手配とパスポートだけでいいのかしら?」
「はい。お願いします」
「わかったわ」

冷菜は溜息交じりで返事をする。
そして、

「もう、斎槻が死んでから10年近く経つのね――」

少し、遠くを見る目でそう言った。
凪はそうですね、とだけ返して、少し懐かしそうな、そして、少し寂しそうな目をした。






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