25

「じゃあ、そろそろ失礼するわ」

日が暮れかけてきたころ、恵が立ち上がって言う。
凪は、もう帰るんですか、と言いつつ、恵と同じように立ち上がった。

「もう日の入りが早いから」
「……そうですね」

恵の言葉に、凪はちらりと時計を見た。
もう四時を回ろうとしていた。

「じゃあ、そこまで送っていきます」

にこりと笑って凪が言う。
それに恵は、右手を左右に振って断ろうとしたが、

「さ、行きましょうか」

あの階段は長いですからね。
凪が、恵を言葉をつぐむ前に遮っていった。
拒否権は無いようだ。
もっとも、あの木の葉が多い茂って日を遮っているあの階段を一人で降りていくのは少し怖いので、迷惑ではなく、むしろありがたい申し出ではあったが。

「――あ」

あの長ったらしい石段を少し降りたところで、凪が何かを発見したような声を上げた。
恵がその視線の先をたどってみると、

「――朝倉君……」

買い物袋を片手に、階段を上がってくる要が居た。
要もこちらに気付いたようで、顔を上げている。
凪がひょいひょいと階段を一気に三段ほど飛んで降りていく。

「おかえり」

あっという間に要のところまで行った凪が、にこりと笑っていった。

「……ただいま。というか、危ないから一段ずつちゃんと降りて来いっていっつも言ってるだろーが」

呆れたというか、子供を注意するような口調で要が言う。
ついでに空いている方の手で凪に軽くチョップを入れた。
凪はあまり気の無い声で、はーいとだけ返した。

「……あの」
「はい?」
「えっと……一つ、質問良いかしら?」

一人置いてけぼりを食った恵が、石段を降りつつ言う。
どうぞ、と凪が笑顔で促すと、

「朝倉君と浅葱さんって……同棲してる、の?」
「はい。まあ、同棲というか、同居ですけど」

凪があっさりと言う。
余談だが、同棲は「正式に結婚していない男女が、一緒に住むこと」。
同居は「夫婦、親子などが同じ家に一緒にすむこと」や、「家族で無い人がある家族の家に一緒にすむ」ことである。
凪のあっさりとした返答に、要は軽く溜息をつき、恵は混乱したように首を傾げた。

「……えーっと……二人は付き合ってたり?」
「あ、質問二つめですよ」

恵の言葉に凪はくすくす笑って言う。
その言葉に、恵は少しむっとすると、

「――質問追加。二人は付き合ってるの?」
「いいえ。前も言いましたが、ありえません」

先ほどと同じように、凪があっさりと答えた。

「―――そうなの?」

ちらりと要を見ながら恵が訊くと、要はこくりと頷いた。
そして、

「ばれたのか」

凪を見て、はあ、と溜息をつきながら言った。

「うん。ばれちゃった」

やっぱ写真は片付けとくべきだったねー、と、別段困ったふうではない口調で、あっさりと言った。

「……お前な」
「まあ、いいじゃん。ばれたらばれた時、だし」
「……」

凪のあっさりとした態度に、要はもう呆れて物も言えない、といったふうに首を振った。
それに凪は、あははと笑う。

「笑い事じゃないだろ」
「うん。そうかも。でも、大丈夫」
「何で?」
「藤岡さんは、無闇に言いふらす人じゃないから」

にっこりと笑って言う凪に、要は少し黙ると、

「まあ、お前がそう言うんならいいけど……」

と言って、頬を少し掻いて、恵を見た。

「――悪いな」

苦笑交じりで言ったその言葉に、今まで黙っていた恵ははっと我に帰ったように目を丸くすると、

「え?」

と、首を傾げた。
それに要は、なんでもない、と、再び苦笑した。
その表情を見て、恵はやんわりと微笑むと、

「ねえ――浅葱さん」
「あ、『君』でいいですよ」
「そう。浅葱君」
「はい」
「私、朝倉君と少し話したい事があるんだけど――」

恵がそこまで言うと、凪は、解りました、と言って、要の手からすばやく買い物袋を奪い取ると、

「じゃ、要バトンタッチ」

要の肩をぽんと叩いた。
そして、意味の良く解っていない要をよそに、

「藤岡さん、また明日」

そう言って、踵を返し、やや駆け足気味で階段を上っていった。

「―――朝倉君」

凪の姿が完全に見えなくなった所で、恵が口を開いた。
それまで意味がわからず呆然と階段の方を見上げていた要が、恵みの方をむくと、じっとこちらを見ていた恵とばっちり目が合う。
恵は少し視線をそらさずに、ゆっくりと口を開いた。

「朝倉君って、もしかして浅葱君のこと――いや、もしかしなくても好きよね?」
「――は?!」

口調は疑問系だが、ほとんど断定しているその言葉に、要は驚いて目を見開いた。
そして、何か言おうと口を開くが、その前に恵が口を開く。

「女の勘をなめちゃいけないわよ。話してる時の雰囲気とかで、案外あっさりわかるものだから」

しれっと言う恵に、要は暫くの間呆然としたふうに恵を見ていたが、やがて観念したように溜息をつくと、

「その勘の良さをあいつにも分けてやってくれ」

と言った。
それに恵はクスクス笑うと、

「それは無理。まあ、浅葱君確かにそういうの鈍そう」

と言った。
そして、

「がんばってね」
「――有難う」

少し笑ってそう返した。
それに恵も笑い返すと、

「じゃ、そろそろ帰るわ」
「なら下まで送る」
「いいわよ。大事な大事な浅葱君が家で待ってるでしょ?」

からかうような口調の恵に、要は溜息つくと、

「一人で帰したってばれたらあいつに怒られるんだ」
「あれ、そうなの?――ああ、浅葱君女の子には優しいから」

ふふっと微笑みながら、恵はゆっくりと石段を降りる。
そして、要から三段ほど離れたところで、くるりと振り返り、

「でも、大丈夫。一人でいいわ」

と、笑った。
その表情に要は、

「そっか。――じゃあ、気をつけて」

と、返した。
恵は軽く会釈をすると、すたすたと石段を降りる。
その目には、かすかだが、涙がたまっていた。





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