24

「――え?」

声が震えている。
思わずぎゅっと拳を握った。

――いま、なんて言った?

恵が、目を見開いて凪を見た。

「前も言ったでしょう?『いました』って」
「あ……」

『好きな人いますよ。――いや、いました』

思い出して、恵は口元を抑える。
あれは、いま想っているか否か、ではなく、今存在しているか否か、だったのだ。

「――ごめん」

やや俯きながら、震える声で言った。
そんな恵に、凪は、

「あなたがそんな顔する必要ないんですよ?」

と、元のけろっとした口調で言う。

「でも――」
「その人が死んだのは、僕が7歳の時です」

恵の事言葉をさえぎって、凪が言う。

「もう十年程経っているのに、いつまでも引きずっている僕も僕ですから」

だから、そんな顔しないで下さい。
そう言って、へらりと笑った。
その表情を見て、恵は息とつぐむと、きゅっと唇をかんで再び下を向いた。

「――んでよ」
「?」

ぽつり、と恵が俯いたまま呟いた。
それをかなきりに、言葉が次々にあふれてきた。

「何でそんなに笑ってられるのよ?!なんでそんなにへらへらしてんのよ!!何で悲しそうな顔しないのよ!!?好きな人が死んだんでしょ!?まだ好きなんでしょ?!!泣けば良いじゃない!!何でそんな笑うのよ!そんな笑い方――」

恵は言葉の続きを飲み込むと、肩で息をして、凪を見る。
凪は、少し目を見開いて驚くと、眼を軽く閉じて、ゆっくりと首を左右に振った。

「もう、いいんですよ」
「何が良いのよ!」
「あの人は、確かに死んでしまいました。だから、もう良いんです。死んでしまったのなら、泣いても生き返りません。僕はもう、悲しむだけ、悲しみました。だから、もういいんです」
「――」

その言葉に、恵は何か言いた気だったが、恵よりも先に凪が言葉をつむいだ。

「ああ。お茶、すっかり冷めてしまいましたね。淹れ直してきます」

そう言うと、ティーポットを手に立ちあがった。

「あ、あの!」

部屋から出て行こうとした凪を、恵が引きとめた。
凪は足をとめて、首だけで振り返る。
その不思議そうな表情に、一瞬だけ躊躇するように目を泳がせた恵だが、次の瞬間――

「ごめんッ!」

勢い良く、それこそ土下座せん勢いで凪に頭を下げた。
そしてその勢いのせいで、机に頭をぶつけてとてつも無く鈍い音を立ててしまった。

「――ッいった〜……」

恵はぶつけた部分――赤くなっている――を摩りながら顔を上げた。
少し目に涙がたまっている。よほど痛かったのだろう。
そっと凪を見てみると、凪は振り返った状態のまま、目を丸くして固まっていた。呆れている、というか、驚いていると言う風な様子の凪に、恵が声をかけようとしたその時。

「っあははは!」

凪が柱にもたれかかって笑いだした。
その反応に、恵は最初ポカンと呆けていたが、次第に羞恥心から顔が赤く染まる。

『私の馬鹿―!』

心の中でそう絶叫すると、まだ柱に寄りかかって笑っている凪をきっと睨んで、

「そんなに笑うこと無いじゃない」

と、文句を言った。
怒鳴るように言わなかったのは、打った額が痛くてしょうがないからだ。
今怒鳴ると、頭に響きそうで怖い。

「いや、すみませ……、つい、」

恵の言葉に、凪は肩で息をしながら、途切れ途切れに言葉を発する。
言葉が変なところで途切れてしまうのは、笑いたいのを我慢しているからだろう。
ご丁寧に目に涙まで浮かべて笑う凪をみて、恵は何故だか怒る気がさっぱりとうせてしま
い、思わずくすりと笑った。

「あ、僕、これ入れてくる、ついでに、氷、持ってきますね」

凪はティーポットをひらひらと振りつつ、そう言った。
まだ笑足りないらしく、笑いを抑えるために言葉が細かく区切れている。

「お願い」

恵は右手をひらひらと振って返す。
ちなみに、左手はしっかりと額を抑えていた。





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