18

ここは何処なのだろう。
恵はなぜかあまりはっきりしない頭でそう考えた。
きょろきょろと辺りを見渡すと、シーソーや滑り台、砂場がある。
見覚えがある風景をぼんやりと見ているうちに、それが自分の家の近所にある公園である事に気がついた。
公園は沈みかけの太陽に照らされて、夕焼け色に染まっていた。

『ゆうや―けこやけーのあかとーんーぼー』

――誰?
不意に聞こえた声にふと顔をあげると、目の前から少し離れたところに子供が立っていた。
いや、立っていたと言う表現は適切でない。
子供は公園のブランコに乗っていた。
立ちのりで、勢いよくブランコをこぐ子供は、見た目は5、6歳程度の女の子で、どこか遠くを見ながらブランコをこいでは、歌を歌っていた。
不意に、その女の子の表情がぱっと輝いた。
そして、ブランコが止まるのも待たずに、半ば飛び降りるようにしてブランコから降りると、一目散に走り出す。

『おかあさん!』

そうはしゃいだような声で言いながら、走っていった先に立っていた30前半程の年齢であろう女性に抱きついた。
女性はよしよしと女の子の頭をなでた。
そして、

『恵はホントに歌う事が好きね』

そう言った。
逆行で表情は良く見えないが、声色から察するに笑っているのだろう。
その言葉を聞いて、ああ、あの女の子は自分なのだと、ぼんやりと考えた。

『うん!』

女の子は元気よく頷いた。

『じゃあ、将来は歌手かしら?』
『かしゅ?――ううん。ならないよ』

その言葉に、女性は首を傾げた。

『だって、かしゅにならなくてもうたえるよ?めぐみね、うたがすきだから、うたってるだけでいいの。めぐみのうたをきいて、おかあさんが「じょうずだね」って言ってくれるだけでいいの』

その言葉に、恵はわずかに目を見張った。
その言葉は昔、恵自身がいったことのある言葉だった。
えへへと笑う女の子に、女性は、

『そう。そうね。お母さんも恵がいればいいわ』

そう言って、もう一度女の子の頭をなでた。

――そう。そうだ。

最初は純粋に歌う事が好きだったんだ。
それで、上手だねってほめてもらえる事が嬉しくて――。
ほめてもらえたら、もっとうまくなりたいって思って――。

――なんだ。簡単な事じゃない。

私は母さんの道具じゃない。
母さんは私のことを道具としてみていたわけじゃない。
知っていたんだ。
私がどれだけ歌う事が好きか。
歌えなくなる事がどれだけつらい事か。
だから、あんなに心配していたんだ。
ああ、馬鹿だな。
それだけじゃない。
確かに母さんは少しだけ自分の夢を諦め切れていないのかもしれない。
だから、私に歌の練習をさせていたのかもしれない。
それは苦痛になったときもあったけど、確かに楽しいものだった。
ああ、なんだ。
私は歌う事が好き。
それだけで、十分な理由だったんだ。
好きって感じる事にいちいち理由なんて考えてたらきりがないもんね。
そう考えると、ふっと肩の力が抜けた気がした。
そして、手をつないで笑顔で帰っていく女性と子供を見送った。
かすかに見えた女性のその顔は、穏やかに微笑んでいて、確かに恵の母親だった





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