17

「ふう」

凪は恵を保健室の白いベッドの上に寝かせると、小さく息をつくと、

「銀、出ておいで」

そう言って、少しだけ窓を開けた。
その隙間から、白い狐――銀が、するりと室内に入り込んだ。

「……で、どうなんだ?」

銀はいきなりそう口を開いた。
凪は、

「多分、自分で自分に呪いをかけちゃったみたい。気付かないうちにね」

そう言って、恵の方をじっと見た。
自分自身に呪いをかける、と言うと、どこか変に聞こえるかもしれない。
しかし、『自分自身に呪いをかける』と言うのは、『勉強が出来るようにおまじないをかける』ものと同じだ。
恵の場合、強く思っていたことが、無意識のうちに呪いという形になって自分自身を縛っていたのだろう。

「――何を、強く望んでいたんだ?」

銀は面倒くさそうにため息をついた後、そう訊いた。
面倒くさそうに、というか、実際面倒くさいのだ。
他人からかけられた呪なら、断ち切ってしまえばいい。
しかし、自分自身にかけている呪となると、話は別だ。
根本的な原因を探って、絡まった糸を解くように取り除かなければ意味は無い。
つまり、相手の事を深く探る必要がある。もともと人の内情に深くかかわることを嫌がる銀にとっては、厄介な事に他ならない。

「歌う事、じゃないかな?」

凪はそう言って、何処からともなく糸を取り出した。
漂白されたように真っ白なそれは、凪の細い指に絡まって、くもの巣のようにも見える。

「――でも、声が出ないように望んでいたんだろ?」

銀が言うと、

「声が出ないように望んだんじゃなくて、自分が歌う意味を考えて、それが解んなくなったから声が出なくなった、って感じなんだと思う」
「?」

凪の言葉に、銀は首を傾げた。

「銀が昨日言ってただろ?藤岡さんのお母さんは昔歌手だったって」
「………ああ、なるほど」

凪の言葉に、銀はぽんと手のひらを合わせた。
恵の母親はまだ恵が生まれる前に歌手だった。
昨夜恵の家を銀が調べている時に、偶々そういう事実を知ったのだ。
結構有名な歌手だったらしい。
歌手を引退した理由は、事故が原因らしい。
詳しくは解らないが、何らかの事故にあい、大きな声が出なくなったらしい。
そして、引退した一年後に結婚して恵が生まれたのだ。

「さて。じゃあ、さくっとやっちゃいますか」

凪はそう言うと、指に絡まった糸を解く。

「どうするの?」

銀が訊くと、

「ちょっと夢を操らせてもらうの」

そう言うと、解いた糸を軽く恵の手首に巻く。

「藕糸か」
「たまには使わないとねー」

凪はからからと笑う。
藕糸とは、霊力を具現化して糸状に伸ばしたものである。
人を操るときなどに使う事がある。
凪は糸の端を持つと、目をつぶって、何か小さくポツリポツリと呟く。
わずかに糸が光った。
と思った次の瞬間には、糸は消えていた。

「よし」

凪はぐっと伸びをすると、ぐるぐると肩を回した。
そして、疲れたように息をつくと、

「なれない事するもんじゃないな」

そう言って苦笑した。

「普段から怠けてるからだろ」
「ホントにそうだ」





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