16

「はい、できました」
「……」

凪がにこりと笑って湿布やら包帯やらを片付ける。
恵は不服そうな表情をしながらも、たっぷりと間を開けてありがと、とだけ言った。
保健室に行ったはいいが、誰もおらず、結局凪が手当てしたのだ。
手当て、と言っても、湿布を巻いて、その上から包帯で固定するという簡易なものだったが。

「たぶん捻挫でしょう。これくらいなら病院に行かなくても大丈夫そうですね」

凪の言葉に、昨夜母親が言った言葉が浮かんできて、思わずため息がこぼれる。
その様子を見て凪が、

「どうかしましたか?」

と、恵を覗き込んだ。
恵は驚いたように体をのけぞらせる。

「あ、すみません」

凪は軽く謝ると、恵の前に置いてあった丸いすに腰掛けて、

「……何かありましたか?」

もう一度、訊く。

「なんでもないあんたには関係ない。」

恵は冷たい口調で言い放つ。
その言葉に凪は肩をすくめると、へにゃりと笑って、

「――まあ、確かに僕には関係ありませんね」

と、納得したような口調で言う。
そして、自分の鞄を少しあさると、水筒を取り出した。

「どうぞ」

凪は適当に湯飲みを持ち出すと、水筒の中身をそれに注いで、恵に差し出した。
中にはお茶――恐らく紅茶だ――が入っている。
恵は湯飲みを訝しげに見た。

「美味しいですよ」

そう言って、凪は自分の分の紅茶を水筒に元からついているカップに注いで飲む。
恵は暫く黙っていたが、軽く息をつくと湯飲みを手にとって口をつけた。
口の中にふんわりと甘味が広がる。
が、くどいような甘さではない。
味が丁度いい感じに調整されている。

「……美味しい」
「それはよかった」

ぽつりと恵が小さく呟いて、凪がにこりと微笑む。
沈黙。
外から恐らく野球部のものであろう歓声が聞こえる。
不意に凪が口を開いた。

「貴女何故、歌を歌ってるんですか?」

恵は一瞬、凪の言った言葉の意味が分からなかった。
しかし、すぐに理解すると、返答を考えるでもなく、かといって無視をするわけでもなく、凪の顔を見た。

――なんでそんなこと訊くの?

表情がそう物語っている。

――私は何で歌を歌うのか?……そんなの―――。

「周りの人が歌えと言うからですか?」
「――っ」

凪の口からつむがれた言葉に、思わず息をのんだ。
凪は構わず続ける。

「音楽部にいるからですか?コンクールがあるからですか?」

淡々と凪がつむいでいる言葉を、恵は否定もせずに聞く。

「歌を歌う事はあなたの義務、ですか?」

義務?
私は歌わなくてはいけない?
どんなに嫌でも?
嫌?
歌を歌う事が?

――――違う。

何かがぷつりと切れた気がした。

「――っ義務、何かじゃない!!」

思わず立ち上がって叫ぶように言った。

「あんたに何が解るの?!」

その瞬間、視界がぐらりと傾いで、真っ暗になった。





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