14
「どう、しても、駄目ですか?」
少女が訊く。
凪はそれに、頬を掻くと、
「――うん。ごめんね?」
と、言って苦笑をこぼした。
「――失礼しましたっ」
凪の言葉を聞いて、少女は目から涙をあふれさせながらも、深々とお辞儀をして走り去っていった。
幸い、恵の居るほうとは逆の方向から出て行ったため、恵は見つかる事は無かった。
凪は軽くため息をつく。
『あいかわらずもてるのねー。あーあ。後輩泣かしちゃって。かわいそうに、あの子』
恵が内心そんな事を考えていると、
「覗き見ですか?」
「――っ!!」
凪が横からこちらを覗き込むようにして見ながら、言った。
まったく足音を立てずにこちらまできた凪に、恵は目を見開きつつ、勢いよく後ずさりをした。
「あ、ひどいですね」
凪はまったくそう思ってないような声色で呟く。
「き、気付いてたの?」
「ええ」
「最初から?」
「はい」
凪のあっさりとした返答に、恵はばつの悪そうな顔をする。
「いや、その……ごめん」
「何で謝るんですか?」
首をかしげる凪に、恵は呆れたような表情をして、
「ほら、覗き見しちゃった事よっ!」
「――ああ。別にかまいませんよ。それに僕ではなく彼女に謝るべきでしょう」
そう言って、凪は苦笑いをした。
そんな凪を見て、恵は微妙に拍子抜けした表情をすると、
「じゃあ、構わないついでにひとつ聞いてもいい?」
「なんです?」
恵は一呼吸おくと、
「あんたと朝倉君って……付き合ってたり、そういう関係だったり……する?」
「――は?」
恵の質問に、凪はかなり間の抜けた声をあげた。
しばらく気まずい沈黙が流れる。
「ありえませんね」
凪はそう言って軽く肩をすくめると、すたすたと出入り口に向かって歩き出した。
「――っ、まって!」
恵に腕をつかまれ、凪は動きを止めた。
「――なんですか?」
不思議そうな表情で訊く凪に、恵は暫く戸惑うように間を開けると、
「あの……ホントに?」
「はい。というかどこからそんな変なうわさが流れてくるんですか……」
疲れたように呟く凪に、
「だって二人とももてるのに誰とも付き合わないから、そういう趣味なんじゃないかなーって……」
「違います」
恵の言葉を、即答で否定する凪。
恵はその言葉を聞くと、
「そっか……そうよね……」
と、呟いた。
凪はその様子を見てクスリと笑うと、
「あの――。手……」
「……え、あ!!」
言いにくそうに言った凪の言葉に、恵は凪の腕をずっとつかんでいた事に気付くと、速攻
で放した。
「……ごめん」
「いえ、かまいませんよ」
くすくすと笑う凪を、恵はじっと見る。
凪は比較的――というか、高校生の男子平均からしたらかなり小柄なほうだろう。
恵よりもわずかだが視線が低い。
『私が159だから――155、位?』
「ねえ、浅葱君って身長いくつ?」
「―――150、……155、です」
凪はたっぷり間を開けると、渋い顔をして答えた。
「もしかして気にしてる?」
恵がにやりと笑いながら言う。
「……もしかしなくても気にしてます」
「ふうん」
「……嬉しそうですね」
「だって、浅葱君ってなんかつかみ所ないし、弱点なさそうで、なんか癇に障るなーって思ってたんだけどさ、意外と可愛い弱点あるんだなと」
「……」
目を細めながら笑う恵に、一瞬だけほうけた顔をすると、クスリと笑った。
そんな凪を見て、恵ははっと我に帰ったように目を開いた。
そして、くるりと踵を返すと、ほんの少し乱暴な足取りでもといた場所に戻っていった。
凪はのんびりした足取りで歩くと、昨日と同じくらいの間隔をあけて恵の隣に座る。
「……出てかないの?」
恵は怪訝そうな顔で聞く。凪はふふっと笑うと、
「だって、昨日みたいに出てけって言われてませんから」
「……言っても出てかなかったくせに」
さらりと言った凪に、恵は憮然とした表情で言った。
「いい天気ですね〜」
「……」
自分の言葉を流されて、恵は少し不機嫌そうな表情を作る。
が、何かを思いついたような表情に変わると、
「ねえ。あんた好きな人とかいるの?」
と、訊いた。
何気なく聞いたつもりだったのだが、凪は表情をほんの少しだけ強張らせると、
「どうしてです?」
笑って訊いた。
一見いつもと変わらないのだが、何故だが違う風に見える。
――地雷踏んだ?
恵は内心そう呟くと、
「いや。告白全部断ってるから」
「そうですか」
凪はそう呟くと、空を仰いだ。
『……流された?』
恵は内心そう呟くと、まあいいか、と考えてサンドウィッチを口に入れた。
「いますね」
不意に、凪がそう言った。
「はへ?」
恵がサンドウィッチをくわえたまま、かなり間抜けな返事をした。
凪のほうを見ると、凪は先ほどと同じように空を見上げていた。
「好きな人いますよ。――いや、いました」
そう言って、恵のほうを見た。
その表情は、いつものように軽い笑みを浮かべているものではなく、冷たささえも感じるほどに無表情だった。
その表情に、恵は軽く息をのむと、そう、とだけ返した。
沈黙。
「あ、でも要はどうなんでしょう?」
「は?」
不意に凪がいつもと同じように笑いながら言った。
その表情に恵は毒気が抜かれたような感じがして、気の抜けた返事を返す。
「要も誰とも付き合ってないでしょう?」
「……なんでいきなり朝倉君?」
「あれ、気になりませんか?」
凪がニヤリと笑う。
その笑みを見て、恵はからかわれているだろう事を察すると、
「――やっぱりあんたは嫌いよっ!!」
校舎内すべてに響き渡るほど大きく叫んだ。
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