12

ああ、もう!
苛々するったらないわ!
何であいつはあんなにへらへらしていられるのかしら!

「――み」

自分のこと嫌いって言われてんのに、気分悪くした様子もないし。

「――ぐみ」
もしかして私なんかに嫌われても痛くも何ともないって?
ああ、もう!考えれば考えるほど腹が立ってきたわ!!

「――めぐみ、恵!」
「――ッ!」

肩を軽くゆすられて、私はやっと名前を呼ばれていることに気が付いた。
目の前には心配そうな表情をした母さんが居る。

「どうしたの?ぼーっとして。気分でも悪い?」
「ううん。そんなことない」

大丈夫。
そう言って笑うと、母さんはほっとしたような表情になった。
確かに気分は悪い。
でもそれは気持ち悪いとかそういうんでは無い。

「で、何?」

にこりといつもの様に顔に笑みを浮かべる。
何?なんて訊いて見たけど、本当は母さんが何を言おうとしているか解ってる。

「あのね、恵の声のことなんだけど――」

ほら。
やっぱり。

「やっぱりもう一度、ちゃんとお医者様に診てもらわない?」
「――大丈夫だよ。まえ診てもらったとき、何も異常なかったし」
「でも、もし、これから先も声が出なかったら……困るでしょう?」

そう言って母さんは、悲しそうな表情をした。
ああ。よくやる。
私は思わず内心毒づいた。
母さんが心配しているのは私のことじゃない。
私の歌声のことだ。
もっというなら、私が出るコンクールについて。
母さんが心配しているのは、私じゃなくてコンクールの事。

「だから、ね?」

そう言って、私の手をそっと握る。
私は、

「うん。解った」

言って、笑った。

「もう寝るね」

そう言って、するりと母さんの手を私の手から離す。
そして、おやすみと言って二階にある自分の部屋に向かった。

――ぱたん。

ゆっくりと扉を閉めて、その扉に寄りかかる。
ずるずると背をこする様に体を下にずらして、床に座る込む。

――これから先も声が出なかったら……困るでしょう?

「――はっ!」

困る?
誰が?
私が?

――馬鹿言わないで。

私が困るんじゃない。
本当に困るのは――貴方でしょ?
ねえ、母さん?

「――冗談じゃないわ」

私は道具じゃないの。
歌を歌うだけの人形じゃないの。
もう疲れた。
母さんの言う『いい子』を装うのは、もう疲れたの。
のそりと立ち上がり、ベッドに倒れこむ。
窓から差し込む月明かりが、青白く私を照らす。

「――声なんて、出なくていい……っ」

ねえ、母さん。
貴方の中の私は、
歌を歌うだけの、
母さんのかなわなかった夢をかなえるだけの、
『道具』じゃないわ。





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