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月崎高校――凪たちの通う高校名だ――の理事長代理である涼は、凪の霊主に関しての師匠にあたる。
凪が四歳から六歳の時におもに除霊や呪いなどについて教えたのが涼なのだ。

『理事長室』

そう書かれたプレートを前に、凪は軽く溜息を吐いた。
が、ぐっと顔を開けると、扉をノックする。

「失礼します」
「座れ」

凪が入った瞬間、そう言葉が返ってきた。
言葉を発した本人は、正面にある机に座って新聞を読んでいる。
長い黒髪を乱雑に束ね、黒いシャツに黒いズボンと言う全体的に黒ばかりの格好だ。
毎度の事だが、いくら代理とはいえ、もう少しマシな格好をしたらどうなのだろう、と凪は思う。
目が少し釣りあがっていたり、服装が粗野だったりするおかげでとてもじゃないが高校の理事長などには見えない。
本人は面倒くさがってしないが、もともと顔立ちは整っている方なのだから、ちゃんとした格好をすればそれなりに見えるだろうに。
凪は内心溜息を吐くと、言われたとおりにソファーに腰掛けた。

「で、理事長」
「お前に理事長言われるとなんか気持悪いな」
「……師匠」

表情を全く変えず、新聞からも目を話さずに言う涼に、凪は少し間を空けると、言い直した。
そして、

「何か用ですか?授業があるので、早くしてください」

そう言った。
が、涼はのんびりとした動作で新聞をたたみ、机の上に置いてあったカップを手にとると、

「問題ない。お前は授業に遅れる言ってある」

こともなさげに言った。
その言葉に凪は、少しの間固まると、

「――で、何のようですか?」

と、聞いた。それに涼は、一冊のファイルを取りだした。

「まあ、読め」

凪は黒い表紙をめくって中の書類をめくる。
が、

「これってプライバシーの侵害じゃ……」
「かもしれん。まあ、致し方ないだろう」

致し方ないで片付けていいのだろうか?
凪は内心溜息を吐いた。
ファイルの中味は、一人の人間の個人情報だった。
家族構成、出身地、現住所、生年月日等がこと細やかに記載されている。
個人情報保護法に引っかかりそうだが、当の本人は全く気にしていない。
凪は渋々ながらも黙ってファイルをめくる。

――藤岡 恵……同じクラスだ……。

中に書いてある名前は、凪のクラスメートの物だった。
凪は一通り読み終えると、一旦ファイルを横に置いて、

「で、この人がどうしました?」

涼に訊く。

「藤岡恵は合唱部のエース――って言うのかは知らんが、まあ、運動部で言えばそういう立場だろう――でな、もうすぐコンクールに出る」
「へえ」

凪が感心したように呟く。

「で、それがどうかしたんですか?」
「まあ、もしそのコンクールで優勝したら、わが校でも名誉なことだろ。しかし、だ」

涼はそこで言葉を区切った。そして、一息つくと、

「声が出なくなった」
「……声がでない?」

涼の言葉に、凪は訝しげな顔をする。
そんな事は初耳だ。
なんせ、確か昨日授業で当てられていて発表していた。
声が出ないと言う事は無いだろう。
そう考えていると、

「普通に会話する分には問題ないが、歌えなくなったらしい。歌おうとすると、声が出なくなるわけだ」

説明するように涼が言う。

「……それで、僕にどうしろと?」
「大体察しがついてるんじゃないか?」

少し苦い顔で訊く凪に、涼は僅かに口の端を吊り上げて言った。
凪は数秒黙り込むと、

「歌えなくなった原因を突き止めて、それを取り除く、ですか?」
「そうだ」

涼はさも当然といた風に頷いた。

「何で僕が……」

反論しようとして口を開いた凪を、涼が手のひらで制した。
そして、

「俺が下手に接触するよりも同じこの学校の生徒であるお前が言ったほうが自然だろう?それに、丁度お前は藤岡恵と同じクラスだからな」

一気にそう言う。凪は言葉に詰まって黙り込んでいる。
そんな凪を見て、にやりと笑うと、

「さあ、これで用事は終わりだ。後頼んだぞ」

と言って、凪にファイルを持たせて理事長室から出した。

「……横暴」

凪は閉じられた扉を不満そうに見て呟くと、自分のクラスに向かってのんびりと歩き出した。
そのとき、ちらりと壁にかかっていた時計を見ると、9時00分を示していた。
完全に授業は始まっている。






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