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「おはよ」
「…………」

朝。
要が朝ごはんの支度をしている頃。
普段なら絶対ありえないことだが、凪が起こされずに起きてきた。
いつもなら目覚ましを三台かけても起きない。
それくらい寝起きが悪いのだ。
にもかかわらず、今日は全く何も言わずに起きてきた。
要は驚いて凪を数秒間凝視すると、
「………具合でも悪いのか?」

と、訊いた。
それに凪はすこしむくれると、

「失礼だね」

と、不機嫌そうに言った。

「や、悪い。……でもホントに大丈夫か?熱とか無いか?」
「無いよ。要、少ししつこいよ」

くどいくらいに言う要に、凪は苦笑混じりで答えた。
そして、

「何か手伝おうか?」

包丁を持ってジャガイモの皮をむいている要に訊いた。
要は首を左右に振ると、

「いや、いい。お前は座ってろ。むしろもう一回寝てきてもいい」
「………」

凪は要の言葉に少し不満そうな顔をしたが、素直に椅子に座った
そして、

「愛だね」

何の脈絡もなくさらりと言った。
その言葉に、するすると一繋ぎになっていたジャガイモの皮がぷつりと切れ、

「――つ!!」

要が指を切った。

「……何してんのさ」

凪が呆れたように言って救急箱を出す。

「お前が変なこと言うからだろ!」
「変な事?」

首を傾げる凪に、要は一瞬言葉を失うと、

「その、さっきの……」
「ああ、『愛だね』って?」

言いにくそうにしている要とは反対に、凪は簡単に言う。そして、

「だって、心配してくれてたから」

と、嬉しそうに笑って言った。
要は言葉に詰まってしまい、少し目を泳がせた後溜息をついた。

「ほら、それより指」
「……」

凪に言われ、要は少し戸惑いつつ怪我をした指を見せる。

「皮が切れてるだけだけど……一応消毒しとこうか」

そう言って、消毒液と伴奏工を取り出して手際よく要の指につける。
要は黙って手当てされている。

「はい、終了」
「……どうも」
「どういたしまして」

凪がクスリと笑って答えた。
要はばつの悪そうな顔をすると、再び朝食を作り始めた。
沈黙。

――カタン。

救急箱をしまう音が、室内に大きく響いた。

「そういえばさ」

凪がイスにゆったりと腰掛けながら、おもむろに口を開いた。

「昨日の放課後さ、要女の子に告白さ――」
「何で知ってる?」

凪が言い終わる前に要が訊く。
驚きと、呆れと、焦りが混じったような声に、凪はにこりと笑うと、

「人づてで聞いたんだよ。まあ、それはどうでもいいんだ。僕が聞きたいのは、どうして断ったのかってこと」

楽しそうに言う。

「断って何か問題でもあるのか?」
「質問に質問で返すのは失礼だよ」

凪はそう言って笑うと、テーブルに片肘をつきながら、

「問題はないよ。それは要の自由だから。でも、要今まで結構告白されてきたのに、全部断ってるじゃないか。少し、勿体無いと思ってね。それで、何で断ったの?」
「……」

要は凪に背を向けて朝食の準備をしながら黙り込んだ。
ちなみにその表情は凪には見えないが物凄く渋い顔をしていた。
そして小さく溜息を吐くと、凪の前に朝食を置いた。

「ありがと。で、要。僕の質問の答えは?」
「……どうでもいいだろ」

要は適当に返事をすると、凪の向かい側のイスに座る。
その言葉に凪は、それはそうかもしれないけどさ、と言うと、テーブルの上に置かれた紅茶を一口飲む。
そして、

「従兄弟として心配してるんだよ」

と、言った。要は卵焼きに箸をつけながら、

「心配してもらわなくても問題ない」
「うわ、つめた」
「……告白されても付き合わないのはお前も同じだろう?」

要は半分呆れたような口調で言う。凪はゆったりとした動作でティーカップをテーブルの上に置くと、にこり、と口元を吊り上げて、

「要、僕のちゃんとした性別知ってるよね?僕は同性愛者じゃないんだけど」

言った。
それを聞いて、要はつい、と凪から視線を外した。
凪は男子の制服で男として学校に通っている。
まあ、普通に性別が男子であるならば問題は全くない。
しかし、凪の性別は男ではなく女なのだ。
しかも、元々中性的な整った顔立ちの為、男装すればどこからどう見ても美形な少年、なのだ。
そのため凪は女子によくもてている。
が、しかし元の性別が女の為、どうしても断らなくてはならない。
凪にはそういう趣味は無い。

「ま、いいけどさ。――いただきます」

凪は箸を取ると、丁寧に手を合わせてから朝食を食べ始めた。
要は内心ホッとすると、卵焼きを口に運んだ。
しばらくの間、食器と箸が動く音だけが響く。
凪は要の伴奏工が撒かれた左手の人差し指をじっと見ると、

「――食べさせてあげよっか?」
「――ゲホッ」

二コリと笑いながら言う。
要は一瞬味噌汁を噴きそうになって、むせた。
そして、凪を恨めしそうに見る。
当の凪は肩をすくめると、

「なんでそんな動揺するかな?」

と言った。

「いきなり変なこと言うからだろ」
「変な事じゃないよ。手に怪我してたらご飯食べたりしにくいだろう?」
「………くだらないこと言ってないで早く食え」
「好意で言ってるのに」

凪が少し不満そうに言うが、目には明らかにからかいの色がある。

「たいした傷じゃないんだろ」
「うん」

溜息混じりで言った要に、凪はあっさりと同意すると、味噌汁を一口飲んだ。
不意に、がらりと扉が開いて銀髪の少年――銀が入ってきた。

「おはよ」
「………凪どうしたの?」

銀は椅子に座ってのんびりと朝食をとっている凪を見て、少し固まるとそう言った。
凪はそれに対して、

「なんでさ、二人ともそういう反応するわけ?」

不満を通り越して、呆れた表情をしていた。





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