7

直美は目の前の人形を見据え、ゆっくりと息を吐き出すと、

「ごめんね……」

悲しそうな声でそう呟いた。
それに人形――直美の弟である澄は、

『何で姉さんが謝るの?別に姉さんはなーんにも悪くないよ?』

と、苦笑を混ぜたような声で言った。

「でも――あの時私は、」
『もういいよ』

口を開いた直美を遮って、澄は言った。
怒っているわけではない。
むしろ優しさのある声だった。

『あの後、どれだけ姉さんが後悔してたか知ってるから。
母さんも、父さんも、すごく悲しんでた。――悔いがないって言ったら嘘になるけどさ、嬉しかったんだ。自分は見切りつけられてたわけじゃないって』
「……」

涙の溜まった目で直美は人形を見る。

『姉さんは昔から優等生だったけど、僕はその反対だった。出来る事といったら、何かを彫る事くらい。そんな僕に、父さんや母さんはさっさと見切りつけていたのかと思っていたから』
「そんな事――」
『うん。そんな事無いって知っているよ。いつも、何かどんなに些細な賞でも、とったりしたら本当に喜んでくれたしね。ただ、少し姉さんが羨ましかったんだと思う。ひがみってやつだね。でも、自分には何かを彫る事しかない事を知っていたから、それさえも否定されてかっとなっちゃったんだね』

あははと笑う。
直美は俯きながら、首を左右に振っている。
そんな様子を見て、澄は少し唸ると、

『そういえば、僕は自殺したんじゃないよ』
「―――え?」

あっさりと言った澄の言葉に、直美は驚いて顔を上げる。

『ここのフェンスにもたれかかっていたら、そのフェンスのねじが錆びててさ。それで、壊れちゃったんだ。――まあ、それならよかったんだよね。その時は何とか体制立て直したから。問題はその後で、強い風が吹いてさ。それで落ちちゃったんだよね』

軽い口調で言う澄。

「あそこですか」

凪が横を見て言う。
視線の先にあるのは、壊れたフェンスと立ち入り禁止のテープ。
壊れたフェンスは右側だけが外れていて、左側は隣のフェンスにぶら下がっているような状態だ。

『うん』
「そう、だったの……」

呆然とした様子で直美が言う。

『そう。だから僕は思いつめて自殺したわけじゃない。だから、だれも悪くないんだ。悪いとしたら僕が不注意だった事』
「でもあの時――澄が家を出る時に止めていたらっ」

直美の頬を涙が伝う。
それに澄は困ったように間をおくと、

『姉さん。姉さんがそんなだったら、僕何時までたっても成仏できないじゃないか』

冗談っぽい口調で言った。そして、

『もう直ぐ結婚するんだから、いつもでもそんなくよくよしてないでよ。ね?姉さん』

穏やかな声で言った。
直美は涙を流しながら、ゆっくりと、

「――ありがとう、澄」

微笑んだ。






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