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その日の深夜。
時計の針はもう一時を回った頃、凪は無機質なコンクリートの塊を見上げていた。
白い月明かりに照らされたそれは、不気味なほどに静まり返っていて何の気配も感じさせない。
凪は嬉しそうに目を細めた。
「うん。いい感じ」
「何がだ?」
楽しそうに言った凪に、要が訊く。
「ん?雰囲気が。なんかそれっぽいじゃないか」
へらりと笑いながら答えた凪に、要はますます首をかしげた。
「つまり、今回の仕事にこのほの暗い感じはぴったりだって言ってるの」
「――ほの暗いっていうか、どんよりしてるって方があってるんじゃないか?」
そう口をききながら、凪の肩にひょいと狐が飛び乗った。
体長三十センチほどの大きさで、白い毛を持った狐。
それが本来の銀の姿である。
この姿の場合、一般人には銀の姿が見えなくなる。
そのため移動の時は大体この姿だ。
凪はふむ、と顎に指を当てて、もう一度ビルを見上げた。
「まあね―――っ、」
「どうした?」
ふらりと凪が僅かによろけたのを、要が支えた。
具合が悪いのかと眉を眇めながら問えば、ヘラりとした笑みが返ってきた。
「いや。別になんでもない、けど」
「けど?」
「悪いけどこれ持って」
「?ああ」
凪が手に持っていた風呂敷包みを要に渡した。
箱か何かが包まれているのだろう。
四角い形をしたそれは、見た目はさほど大きくないが、ずっしりと重い。
「さすがにこれと二つ持つと疲れるね」
そう言って、先ほど風呂敷包みを持っていた手とは反対の手を持ち上げて笑った。
そこには布に包んである少し長い棒状の物が握られている。
「落とさないでね。大切な物だから――っと」
付け足すように言った凪が何かに気付いたようにくるりと振り返った。
それにつられて要も振り向く。
そこには、依頼人である九条直美が肩で息をしながら立っていた。
「お呼びだてして申し訳ありません」
「いえ……大丈夫、です」
息を切らしつつも、笑って答えた直美に凪も笑みを返した。
そして、直美が息を整えた頃を見計らって、
「では行きましょうか?」
「え?」
どこに、そう顔に書いてある直美に凪は、
「芸術家さんに会いに、ですよ」
僅かに表情を変化させてそう言った。
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