3

銀が直美を階段下まで送った後居間に戻ると、凪が座布団を枕にしてソファーの上に寝そべっていた。
ちなみに居間と客間は襖一枚で繋がっていて、居間は洋室になっている。
だらしがない、とも思ったが、注意するのも今さらである。
自身の主人は存外にだらしがない事に対して、銀は最早諦めていた。
そんな心情を知ってか知らずか、凪はひらひらと手を振っておかえり、と部屋に入ってきた銀に言った。
直美に連絡先を書いてもらったメモを眺めている。

「可笑しいじゃないか」
「何が。住所?」

不意に、凪がそう言って、メモを銀に寄こした。
銀が訊くと、凪は首を左右に振って、

「いや。住所じゃない。自殺の仕方」

そう言われて、銀は連絡先の下にメモされている、直美が話した内容を簡単にまとめたものにざっと目を通した。

「……?どこが変?」

銀が頭の上に疑問符を浮かべる。
特にこの内容に違和感はない様に思えるのだ。
凪はそこに書いてある内容自体は可笑しくないんだけど、とソファーの上で器用に寝がえりを打った。

「こういう人間って、遺書かなんか書かないの?」

怪訝そうに顔をしかめる。
確かに、直美の話の中にはそういう内容のものは出てこなかった。
だが、話し忘れただけではないのか。
そう問うと、

「一応聞いてみたけど無いんだって。
一応弟さんの部屋とかも捜したらしいけど、それらしい物は見付からなかったらしい」
「無いと何か不都合でも有るのか?」

と言って、凪は疲れたように溜息を吐いた。
その様子に、銀が首を傾げながら訊くと、

「別に不都合はないよ。ただ――自分の夢についての想い。わかってくれない人に対しての、精一杯の想い。最期位は解って欲しいから」

有っても可笑しくないじゃないか。
そう呟いて、ごろりと寝転がった。

―――確かにそうなのかもしれない。

銀は何となく納得すると、でも、と切り出した。

「どうしてそんなに大切な想いなのに、死んだりするの?」

どうして生きてかなえようとは想わない?
じっと、凪を見て銀が言った。
凪はちらりと横目で銀を見ると、

「さあ?残念だけど僕には解らない。ただ――」

凪は一呼吸おいて、口を開く。

「自分じゃどうしようもない事だってあるんだよ。例えば、自分の生まれてきた境遇とか」
「――鹿げてる。自分で選んだわけじゃないのに……」

銀が憎憎し気に吐き捨てる。
それに凪は、

「うん。馬鹿げてる。でもそれが現実なんだ。
生きているものは自然とその馬鹿げた物に縛られてるんだよ。
――それに気付いているか気付いてないかの違いだけだ」

と言って、どこか嘲笑めいた笑いを零した。
銀はそれに微妙に納得のいかない表情をしたが、それ以上は何も言わなかった。

「まあ、これは僕個人の言い分だからね。
正しいとは限らない。
間違ってるって言う人もいる。
銀は自分の考えを持っていればいいよ」

そう言うと、手を伸ばして横に座っている銀の頭をくしゃりと撫でた。
手を離すと銀は不満そうにぶつぶつ文句言いながら、ぐしゃぐしゃになった髪を直す。
その反応に、凪は満足そうに笑うと、

「さーてと。今日は夜遅いから昼寝でもするかな」

寝転んだままぐっと伸びをした。
そして、適当に起こしてと銀に言った。
ややあって、定期的な呼吸音が響く。
己の主人は寝つきがすこぶる良い。
銀は溜息をつきながらも、足元に丸まっていたタオルケットを凪にかけてやる。

「……自分じゃどうしようもない事、か」

完全に寝付いた自分の主人を横目で見ながら、銀はポツリと呟いた。





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