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※出られない部屋ネタです。

「フロイド君おはよう! 今日もかわいいね!!」
「おはよーテトラちゃん」

 今日も元気過ぎてウケんね、と自身の片割れが返した様子からも今の機嫌はそこそこいいらしい。相変わらずフロイドの機嫌を読み取って話しかけるタイミングを窺うのが上手いなと思いながら、ジェイドは不満を顔には出さずに、テトラちゃんと呼ばれた彼女に話しかける。

「僕もいるんですけどね」
「おはよー、ジェイド」

 先程とは打って変わって緩く言葉を紡いた彼女に内心もやっとしながらも、ジェイドは「おはようございます」と挨拶を返した。別にこれが初めてではない。だから今更落ち込んでなんかいられない。そう心の中で自分に言い聞かせてはみたものの、やはり気分は降下して、毎朝同じことを繰り返している自分に嫌気がさした。

「はあ……本当に顔がいい……好き……フロイド君かわいい……」

 ジェイドが恋する女の子は、どうやらフロイドの顔が好みらしい。

 ◇ ◇ ◇

「はあ、今日もフロイド君はかわいかった……もはや国宝級……というかフロイド君の遺伝子があるこの世やばいな?? フロイド君と同じ年に生まれて良かった。そして私がここに通えるだけの魔力があってよかった!! ありがとう世界!! おめでとう私!!」
「予習の内容が頭に入ってこないので静かにしてもらっていいですか」

 というか、僕も同じ遺伝子なんですけどね。と続けられた言葉は彼女には聞こえなかったらしい。ジェイドには目も暮れず、「なんでフロイド君ってあんなにかわいいんだろう」と顔を覆ってしまった。

 フロイドと別れた後、本日最初の授業が行われる教室へと彼女と共に向かい、空いている席に並んで座る。未だに今朝の余韻を噛み締めているらしい彼女は、今日も一人でフロイドへの愛を叫んでいた。これもフロイドに会えた朝は恒例のことなので、周りの生徒は「またか」と最早気にした様子もない。寧ろ「今日は会えたんだな。良かったな」と見守っている素振りさえあって、ジェイドの気分はまた降下した。

「フロイド君がかわいすぎてつらい」
「フロイドをかわいいと言う人なんて貴女くらいですよ」
「ジェイドも言ってるでしょ」
「僕は身内なので」
「フロイド君と身内……羨ましすぎる……っ!」

 クッと歯を食いしばるように渋い顔をした彼女に、そんな顔をしたいのはこっちだと思いながらもジェイドはいつも通りの笑みを浮かべたまま問いかけた。

「というか、僕も同じ顔なんですが、僕はかわいくないんですか?」
「フロイド君の方がかわいい」

 彼女はジェイドの質問に間を開けることなく真顔で即答した。分かってはいたが面白くない。フロイドと同じ顔をしている自覚があるだけに、自分には興味さえ持っていない目の前の人間が憎たらしくて、今度こそジェイドは笑顔を取り繕うのをやめた。

「なんでですか。どこがですか。フロイドの方がかわいいと思う所はどこなんですか」
「フロイド君は存在自体がかわいいから……いやもちろん顔もかわいくて大好きなんだけど喋り方とか動きとかも含めて全てが好き。推せる。いやもう推してる」
「はあ……」

 このやりとりだって何回したか分からない。いくらジェイドが尋ねても「フロイド君の全てがかわいい」としか返ってこないので、全くもって参考にならない。ジェイドとフロイドが入れ替わっている時だって、「ジェイドじゃん」とものの見事に見抜いた彼女になぜ分かったのか尋ねると、「なんか違うんだよね……かわいさが……」とよく分からないことを言われてしまった。ジェイドがフロイドに負けている部分なんて今までないと思っていたが、どうやら彼女にとっては月とスッポンとまではいかないが、月と太陽くらいの違いはあるらしい。つまりは全く違うものとの認識である。

 他者からは今まで「双子」と一括りにされて二人の区別もされてこなかった身としては、彼女の見解は自分達にとっても好ましく、本来なら喜ぶべきことなのに、どうしても喜べない自分がいる。この感情の名前にはとっくに気づいているし、諦めるつもりは更々ないが、どうにも上手くいかないことばかりで弱気になってしまう。

 未だ「気分じゃないって言いながらも学校にはちゃんと来てるフロイド君って本当えらいよね。制服もちゃんと着てきてるし……えらすぎる……」とフロイドに思いを馳せている彼女を尻目に、ジェイドは隣の彼女にはバレないようにこっそり口をへの字にした。

「全員席に着いて」

 本日の一限目の担当教諭が教室に入ってくるや否や、ざわざわとしていた教室内が静かになる。これから始まる天文学は内容が複雑な割に座学ばかりで退屈なこともあって、あまり人気のない科目だ。その代わり、毎回定員割れが起こって選択科目の抽選に外れた、なんてこともないので天体や宇宙の構造を学びたい生徒からすれば有難い科目なのだろう。

 ジェイドも多少の興味はあったが、探究心が擽られる程かと聞かれると首を振る程度のものなので、別に抽選に落ちようが落ちまいがどちらでも良かった。まあ結果的に彼女と同じ授業を選択することになったので、その点で言えば感謝をしてもいいだろう。

「授業を始める前に注意喚起があるからよく聞いて。全校生徒に知らせる必要があるから、もし今日休んでいる人がいたら教えてあげて」

 いつもならば「前回の続きからだから……教科書の○ページを開いて」と始まる教師の第一声が、今日は珍しく違った。それも注意喚起だなんていかにも物騒な言葉を使うので、さっきまで沈んでいた気持ちが浮上した。一体何事だとワクワクしているジェイドの隣で、彼女は「注意喚起!? フロイド君この話ちゃんと聞いてるかな……あとでメッセージ送っとこ」と呟いていた。

「最近学園内で生徒が不思議な空間に閉じ込められる事件が多発してる。突然鍵の掛かった白い部屋に閉じ込められて、表示されている課題をクリアしないと部屋から出られないというもの。原因はパックと呼ばれる妖精のイタズラで、今までは『変身薬を完成させろ』だとか『三分間踊り続けろ』だとか簡単なものばかりだったけど……何があるか分からないから気をつけて」

 学園長が彼らを追い出す準備はしているけどそれまでは単独行動はしないように、以上。と締めくくった教師は、「それじゃあ教科書の九十四ページを開いて」といつも通りの言葉を吐いた。

 ジェイドは教科書の指定されたページを開きながら、頭の中では先程聞いたばかりの「妖精のイタズラ」について考えていた。突然閉じ込められる、課題をクリアしないと出られない、課題はその時々で違う。なんとも面白そうな厄介事だ。果たして突然閉じ込められるとは、何か仕掛けがあるんだろうか。妖精に襲われるのか、はたまた認識する間も無くその部屋に移動させられるのか。それならば空間転移魔法の類か、それとも対象者がその部屋に足を踏み入れた瞬間に発動するような、いわば魔法陣を元にした固有結界の術式なのか。目の前で突然消えた人間を、周りは認識しているのか? 課題のクリア基準はどうやって判別されるのか? そもそもその課題とやらはどういった基準で決められている? 部屋の中では魔法は使えない? ジェイドの興味は尽きることはなく、彼らが駆除される前に一度その部屋とやらに入ってみたいと思う。

「また悪いこと考えてるんでしょ」

 隣に座っていた彼女がこそっと呟いた言葉に、ジェイドは視線を教卓の教師に注いだまま返す。

「いえ、そんなことはありませんよ。もし自分が同じような目に遭って、無理難題を提示されたらどうしようかと思っていただけです」

 教師に聞こえないように声を潜めて、板書された文字をスラスラとノートに写していく。「被害に遭う気満々じゃん……」と彼女が零した言葉には何も言わず、ジェイドはただノートにペンを走らせた。

 ◇ ◇ ◇

 昼休み開始のチャイムが鳴ったのを確認して、教室から次々と生徒が出ていくのを傍目に見ながら、ジェイドはスマホの画面と睨めっこしている彼女へと目を向ける。どうやら一限目が終わるや否や送ったメッセージに既読がつかないらしい。朝は機嫌はそこそこだったが、途中で気が変わって今頃どこかで寝ているのかもしれない。

「うーん。フロイド君授業に出てないなら注意喚起聞いてない可能性あるな……先生も単独行動は避けるようにって言ってたし、なるべく一緒にいた方がいいよね!? よし、フロイド君に会いに行こう」
「なにがよしなのかは分かりませんが、確かに注意喚起を知らないのは危険ですね」

 そうと決まればいざフロイド君の元へ! と勇足で、食堂に向かう彼女の背中をジェイドも追う。どうせこれから昼食を共にするだろうから結果は同じなのだが、フロイドに会いに行くという心持ちの方が彼女にとっては好ましいのだろう。現にぴょんぴょんと跳ねるように廊下をスキップで進んでいく彼女は、誰が見ても上機嫌そのものだった。

「転びますよ」
「だいじょーぶ」
「はあ……」

 ジェイドの小言を聞く気なんてないとでも言うように、彼女はスキップを止めることなく食堂の方へと向かっている。ジェイドは歩く速度を少し速めて、彼女の背中を追った。

「わっ!」
「ああ、ほら。だから言った、」
「え、」
「……っ!」

 廊下の角に差し掛かったところで、角から出てきた他の生徒とぶつかりそうになった彼女に、ジェイドが呆れながらもう一度注意しようとした時だった。突然自分達の目の前に白い光が現れて、それが彼女の前で爆ぜようとしている。眩さに瞳を細めながらもジェイドは慌てて自分の方へと彼女を引き寄せて、自分の体で包み込むように抱きこんだ。痛みも熱さも感じないまま、ジェイドの気はそこで失われた。


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