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春の涼しげな屋上で、俺たちは出会った

周りのやつや親には散々いわれた。もちろん俺だって選ぶとは思ってなかった。偏差値も低い方じゃねえし、どっちかっつーと、サッカーが盛んだし。
けど俺は、武蔵野に行きたかったんだよ、どうしても。

(あの冬の日に出会った女は、武蔵野の制服を着ていたんだ)

ばかみたいなことにわくわくしてんなって、誰かに笑われそーだけど。

あれから数ヶ月後、俺は決定していた志望校を急遽変更して武蔵野を受験し、見事合格した。(通ってみればここもまあまあ悪くない)とりあえず野球部に入って適当に学校生活を満喫していた。
(もちろん、すれ違うやつのなかにあの女はいないかと探しに探した)
 
「あー くそ、見つかんねえな」
「例の、マフラーの人?」

俺の独り言を聞いていた秋丸がボールを投げて寄越した。ひゅうと綺麗な放物線を描いて俺のミットにボールが収まる。それを左手で持ち直し、振りかぶった。数秒後にバシっと心地良い音が鳴る。

「ああ、 ぜんぜん見つかんねんだよなあ」
「なんか特徴とかないの?」
「特徴… 髪、が すげえ長かった…ような」
「髪が長い、ね…それだけ?」
「それだけ」

そう、俺が知っているあの女の情報といえばあいつが女であり武蔵野の生徒であり長い髪であったこと、あの日泣いていたこと くらいだ。他は名前も声もなにも知らない。妙な苛立たしさにチ、と舌打し空を見上げる。
(ああこの空の下にいることは確かなんだけどなあ)

そのとき、タイミングよくチャイムが俺達のいる屋上に響いた。

「わり、次サボるから」
「えっ 榛名!」

俺を引き止めようとする秋丸の手にミットを押しつけて背を向ける。秋丸は渋々だが了承して6限目は出ろよと去って行った。
(さあ6限目もどうだか知らねえけど)


沈黙が訪れ、仕方なしに辺りをぐるりと見渡す。なにもないコンクリートが広がっていて、周りを柵で覆われている至ってシンプルな屋上だ。
端っこの方にタンクかなんかが設置されていて、あそこなら日陰は確保できそうだと歩き出す。

ずいぶん近付いたころ、不意に人の足が見えてギョッとする。まさか先客がいるとは思っていなかったので心持ち引きながら、そっと覗き込むとそこで髪の短い女が分厚い本片手にゲーム機を操作していた。
 
「あ、」
「えっ」
「どうもー」
「ど、ども」

女はすぐに俺に気付いて小さく笑って見せた。そのときに見えたが、分厚い本は恐らく彼女が手にしているゲームの攻略本だと思われた。(おいおい授業サボってなにやってんだこいつは)

「ねえ君さ、」
「あ?」
「これ、…ここんとこ できる?」
「はあ…」
 
女は持っていたゲーム機を俺に差し出し、小首を傾げた。短い横の髪がさらりと首を撫でなにやら涼しそうだなあと、そのときはそうとだけ思った。

「何回やっても負けっちゃうんだよね」
 
春の涼しげな屋上で、俺たちは出会った

(上手だね、君!)
(いや、あんたが下手なんだろ)
(なにおう!年上に向かって!)
(え、あんた年上かよ)

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