そのマフラーには端っこに小さくKの字が編まれていた
あの日は、雪がすげえ降ってた。いや、降ってたなんてもんじゃなくて、吹雪いてたんだ。目の前が真っ白になるくらい。
俺が中3のときだった。真っ黒の学ランが、雪で真っ白んなって。なんでマフラーして来なかったんだろう、ああ朝遅刻したんだったなんて呑気なこと考えてた。寧ろもうマフラーよりもコートとかの方がいいか。
早く帰ろう。でも動く気になれなくて、ずっと公園のベンチに座って、果てのない灰色っぽい空を見上げてた。少し、雪が弱まったように感じる。
そんときだ、目の前にいつのまにか現れた女が両手に紙袋を大事そうに持って俺の前で佇んでいた。俺たちはじっと見詰め合う形になる。
(なんだコイツ うぜー)
その女が鼻を啜って初めてそいつが泣いてることに気付いた。鼻や耳や目が真っ赤なのは寒さのせいじゃなかったんだ。女の長い髪で薄っすらとしか見えないが一応巻かれているマフラーにはもう雪がびっしりはびこっていて、機能していないように見えた。
(なんなんだこの女は、 なんで泣いてんだ)
俺が怪訝そうに眉を潜めたときだ。女が戸惑いがちに一歩足を踏み出し、目尻に溜まった涙をぞんざいに拭った。それでも涙が止まらないのか、指先から零れたそれが顎を伝っていく。
俺がその光景を見守るなか、その女は涙を放置して目の前までやってきた。
なにをするのかと思えば、持っていた紙袋からなにやら取り出して(しかも紙袋はポイ捨て)両手一杯に広げている。見ているのに精一杯で俺が声も出せぬまま、女はそれを俺の首にグルグルと巻きつけた。
(ま、…マフラー?)
ポカンと見上げている俺を、泣き顔のままじっと見つめると女は踵を返して吹雪のなかを颯爽と消えて行った。
「…は?!」
呆然としていて、女がどっちの方向に歩いてったのかはわからなかった。手がかりはこのマフラーだけだ。
さっきの女、わけわかんなかったけどなんか顔は悪くなかった、な…。
(それにしてもなんだったんだ、)
そのマフラーには端っこに小さくKの字が編まれていた。