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攻略されたのは、

「夜の学校を攻略してみませんか」

という、いかにも先輩らしいメールが届いたのは、最後までグラウンドを使っている野球部の練習が終わって、お疲れさまとみんな校門を出たときだった。
榛名も早く帰れよーと手を振る宮原先輩たちを見送って、そそくさと返信画面に切り替える。
今どこですか、のメールは3秒と経たないうちにあの人のところへ飛んで行った。


「ごめんねー、榛名。どうしても明日要るんだよプリント」

じゃあ忘れないでくださいよと呆れ気味にいうと先輩はもう1度申し訳なさそうにごめんねと笑った(まあ、いいんだけど)(先輩と会えるのが、本当に嫌じゃないから)。
中身がぐちゃぐちゃのエナメルを肩に掛け直して、夜の校舎を2人で上がっていく。
非常階段の緑色の灯りだけが薄っすらと先を照らしていた。

下から2つ目のフロア、奥から2つ目の教室。先輩は2年B組の、後ろから2つ目の窓をすんなり開けて(ああ、開いてんの知ってたんだこの人)よじ登って中へと入っていった。薄暗く気持ちの悪い廊下にエナメルを置いて、俺も中へと侵入する(悔しいが、その廊下がとてつもなく怖かったのが本音だ)。

窓際の1番後ろの席の机の中を漁りながら、ちょっと待ってねと先輩は独り言のように呟いた。へえ、先輩の教室はここで、机はそこなのかと無意識に脳裏にインプットする。

やがて先輩の手と共に出て来たのは、端っこがくちゃくちゃになった1枚のプリント。そのシワを満足そうに伸ばしながら、先輩はちらりと俺を見た。

「この席ね、体育してる榛名が よく見えるんだよ」

予想もしてなかったことをいわれて、ドキリとする。次いで心臓がバクバクとうるさい。外の光りを全身に浴びる先輩が、なにやらこの世のもののようには感じられなかった。
なにか、…そうだ、いうなら妖精とかそういうたぐいのもの。

先輩は、きっと軽い意味でいったんだ。俺の姿が見える、本当にそれ以下も以上もない意味でいったんだ。

「先輩、」
「なあに?」 

好きだといってしまいそうだった。今すぐにでも、伝えてしまいそうだった。けれど言葉が出てこない。
勇気がないんだ。嫌われたらどうしよう、もう微笑んでもらえなかったらどうしようという念が、俺をがっちりと縛りつける。

(こんなの、俺じゃねえ)

「あ、 や、…なんでも」
「…いいよ、 榛名がいいのなら」

囁かれた言葉の意味を理解できず、そっと顔を上げる。
真正面から見た先輩は、いつも通り華奢で白くて、本当に女そのものだった。結い上げられた髪がちょろりと首筋に垂れていて、それがなんだか色っぽくて、治まり掛けていた心臓が騒ぎ出してくる。

「でもねわたし、失恋したばっかりだから 臆病になってるの」

それでもいい?と先輩は悲しそうに小首を傾げた。決して泣いてはいなかったけれど、もう泣き尽くしてこれ以上涙は出ない そんな風な表情をしていた。

「好き、 です」
「わたしも、…」

語尾が消えかかった情けない告白に、虫の鳴くようなか弱い返事だった。
それでも俺たちには充分すぎるほどの威力があったように思えて、先輩は小さく笑うとその身体を俺にそっと預けてくれた。
初めて触れた先輩の背中は、骨ばっててなのに柔らかくて甘い匂いがした。

攻略されたのは、

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