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気付くという行為は、多少難しさを伴う

夏休みに入って、先輩とのメールの数がずいぶん減った。その理由は2つあり、1つは俺の練習量が増えたこと、もう1つは先輩が塾に通い出したことだ。
俺の方は大会もあるし手は抜けない。先輩も行きたい大学があるとかで真面目に授業に出るようになった(もともと成績は悪い方ではないらしい)。
1日1回、どちらかが一方的にメールするくらいになって、それでも俺は仕方ないと思った。いつまでも先輩に引っ付いてられねえんだから、と野球に集中した。

その日も練習がきつくて、へとへとになりながら水飲み場で頭ごと顔を洗っていたときだ。後ろで砂利が擦れる音が聞こえて顔を上げたら、先輩が 榛名と笑って軽く手を上げていた。進路指導室をちょくちょく利用していると聞いたが、その帰りだろうか。
夕日を背景に先輩は俺の隣まで歩いてきて お疲れさまとタオルを渡してくれた。

「先輩もお疲れさまです」
「うん、まあ ゲームができなくて毎日退屈だよ」
「ああ、先輩らしいすね」
「でしょー。それに榛名にも会えないしね」

不意討だと思った。先輩はいつもみたいにニッと笑って見せる。その笑顔に心臓を鷲掴みされたような感覚に陥ってふい、と強引に顔を背けた(ダメだ、今のは免疫ねえ)。照れ臭くて恥かしくて、口元が緩んでしまった。
幸い、先輩が気付いてないみたいだから良しとするが。
 
「おーい、榛名。いるか?」

先輩が現れたのと反対方向からこっちに歩いて来たのは、野球部の主将の宮原先輩だった。その声に背筋を正して ここにいますと答えると宮原先輩は ああそこにいたかと爽やかに笑った。その視線が俺を通りすぎて、後ろで止まる。

「あ、えー…っと。 あ、ああ、そうだ確認しておきたいことがあってな」

宮原先輩の視線が強引に俺に縫い付けられて 集合するから来てくれとさっきと変わらない笑顔でこれまた爽やかに去って行った。軽く挙動不信にも見えたが、俺が1人じゃないとわかって驚いたのかもしれない。振り返ると先輩はこっちに背を向けてただじっと直立していた。
 
「先輩、俺 集合かかってるんで行きますね」
「ん、 いってらっしゃい」

こっちを振り返った先輩は、夕日で逆光になっていて見えなかったがきちんと笑っていたように思う。

気付くという行為は、多少難しさを伴う
(じきに、ゆっくりと運命の歯車が回りだそうとしている)

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