06

家に着くとラディはいきなりズボンを脱いだ。なにしてるのと慌てるとどうやらズボンのジーパン生地が窮屈だったらしい。そういえばラディの戦闘服って足丸出しだもんね。
脱いだズボンを丁寧に畳むと(こういうところしっかりしてるよね、見かけによらず)ラディはベッドに腰掛けた。

「どうだった?外」
「んー…なんか変だった」
「やっぱり、ラディはこの世界の人じゃないんだね」
「っぽいなー」
「ねえ、なんでそんなに落ち着いてるの?」

ラディはなにも答えなかった。代わりにベッドにごろんと横たわる。天井を見上げているようだけど本当は虚空を見つめているのかもしれない。なにか考え事をしているのかもしれない。本当は心細いけれどそれを隠しているのかもしれない。なんとなくそんな風に捉えて、わたしはそれ以上なにも言わなかった。
何もかもわたしの勝手な解釈だったから、余計にやるせなかったけど。

「俺のことはいいからさ、名前の話しろよ」

ぽつり、と呟くような声と共にラディの丸い瞳が向けられる。不思議な気分だった。家族でも友達でもましてや恋人でもない、今朝会ったばかりの人がわたしの名前を呼んでいて、そのゆっくりとした響きはとても、嫌になるくらい馴染んでいる気がして、時間に追われていそいそと生きている自分がばからしく思えるほどだった。

「そんなこと言ったって、おもしろいことなんてなにもないもん」

虚勢ばっかり張ってる、ほんとは脆い女の子なんだよなんてラディに吐露したって仕方ない。

「ここには侵略してくるやつとかいんの?」
「いないよ、そんなの」
「人が満月の夜にでっかい猿になったりは?」
「ないない。最近は映画でもないよ」
「ふうん、じゃあ死んだらどうなる?」
「死んだら?」
「天国と地獄はあるのか?」
「うーん…信じる人と信じない人に別れるよ」
「名前は?」
「死んだら何もないと思う。だから…信じない、かな」

死んだあとのことなんて滅多に考えない。考えたって仕方ないことだと思うし、それよりも今がわたしにとっては大切なものだから。大切というか、強制的に与えられたものだから。それと向き合う他は選択肢がない。
でも殺し殺されが日常っぽいラディはやっぱり、死んだあとのことを考えたりするのだろうか。

「ラディは信じてるの?」
「ああ、うん。つか、ある。天国も地獄も」
「へえ…そうなんだ」
「まあ俺は地獄行きだろうけどな」
「ラディ、悪い人なの?」
「ああ、金のために関係ない奴殺しまくったから」

弟も殺そうとしたしな、と言い切ったラディの声はとても小さかった。そういえば女!とか殺すぞ!みたいなこと叫んだときは確かに極悪人だった。手料理作ってくれたりスーパーではしゃいでたラディを見るとそんなこと忘れちゃってたけど。

「ねえラディ」
「あん?」
「わたしのこと殺さないって約束してくれるなら、いてもいいよ、ここに」

あっちに行ったりこっちに行ったりだったラディの視線がわたしに戻って来る。わたしの言葉の真意を探ろうとしているのかきょとんとしたままだ。真っ直ぐ向けられる瞳に後ろめたくなって強引に反らす。

「別にムリにとは言わないけど。ラディ悪い人みたいだから放っておいたら怖い人に連れてかれちゃいそうだし。それにご飯おいしいし、ラディの物とかも買っちゃった、し」
「素直にいてほしいって言えよ」
「そ!そんなんじゃないし!」
「あっそ。ま、…世話んなるわ」
「…うん」

ラディの作ってくれた夕飯はやっぱりおいしかった。おいしいって言うとそーかってラディは笑ってくれる。立場が逆じゃないかなあとも思うけど、世話になってるんだからこれくらいやるってラディは快く家事当番を引き受けてくれた。
ソファの背もたれに腕ごと顎を預けてキッチンで食器を洗ってるラディの後ろ姿を見詰めてみる。やっぱり剣山よりもハリネズミだな、と思った。

触ってみたいな。今朝引っ張ったときはびっくりしてちゃんと感触を確かめられなかったし。
もこもこしてたような気はするんだけど、本当はどうなんだろう。触ったら怒られちゃうかな。

「さっきからなに見てんだよ?」

肩越しにラディが右目だけでこっちを振り返る(バレてた!)。わたしは咄嗟に背を向けて知らないふり。
だって見詰めてたのがバレてたなんて恥ずかしすぎる…!
急いで手元にあったリモコンの電源を押してテレビをつけた。

ほどなくして洗い物の終わったラディが隣りに腰かける。そのとき肩に少しラディの髪が触れた。くすぐったくて離れようかとも思ったけどなんだかもったいない気がしたから、そのままでいる。
だけどそうしているといやでも思い出すことがある。

「ね、今日買って来た服に着替えてみない?」
「明日じゃだめなのか?」
「だめ、じゃ、ないけど」

もごもご。言いにくくてしどろもどろになる。やっぱりこのタイミングで言うのはおかしかったかな。お風呂上がりに自然に替えを置いておけばよかったかな。

「ああ、この服に俺の匂いつくの嫌か?」

近いようで遠いような、核心を掠めるラディの言葉にドキリとした。それと同時にわたしがそのシャツに思い入れがあるのだと思われるのが嫌だった。

「この部屋と違う匂いがするな」

すんすんと肩に鼻先をくっつけてラディは不思議そうに言った。どくどくと心臓がうるさい。心地いいものではぜんぜんなくて、まるで子供時代の、してはいけないと止められていたことをつい出来心からしてしまったときのような焦燥感さえあった。

バレたくない、完璧でいたい。わたしの悪い癖だ。

「名前?」
「お風呂入ってくるね」

都合が悪くなったら逃げればいいと思ってる。最低だ。
ラディは何も知らないけど不思議に思ったに違いないし、わたしの変な態度を不審がっているかもしれない。考えれば考えるほど嫌な方に思考が巡って行く。

良かれと思ってしてることはラディにとって果たして本当にいいことなのだろうか。ラディがこの世界の人じゃないっていうのを肯定した上でわたしはラディに何をしてあげられるのだろうか。

だから嫌なんだ。こういう漫画みたいな展開はわたしには向いてない。
だって結局、わたしはわたし自身のことしか考えちゃいないんだから。

お風呂から上がってリビングに戻るとそこにラディはいなかった。テレビはわたしがつけたままの状態で、ただそこにラディだけがいなかった。
ぽかぽかしていた体温が急激に下がったのかと思うくらい、ああ血の気ってこんな風に引くんだと感心してしまうくらい、脳みそごと身体が冷たくなったのがわかった。
ソファの背もたれにバスタオルがばさりと落ちた。

いなくなっ…た?
それとも最初からいなかっ、…

「名前?」

呼ばれてすぐに振り返る。

「あっ、あ、ラディ…」
「もうすぐ出て来るかと思ってプリン取ってきたんだけど、食う?」
「うん、うん…食べる」
「…泣くほど好きなのか?」
「うん、…」

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