04

王子様がいればいいななんて思ってない。思ってないけど、生涯寄り添って生きていけるような男性くらいいればいいなとは、確かに、思ってた、よ。
強がりに聞こえるかもしれないけどそれは長年付き合っておいて他の女に靡くような薄情な男じゃないし、もちろん今わたしの目の前で怪しく笑ってるような彼では、決してない。

「女、殺されたくなかったらそこから動くんじゃねえぞ」

ゆらゆらさせていた尻尾をお腹の辺りに巻き付けると彼はゆっくりと立ち上がった。そしてやはり物珍しそうに部屋を見渡している。

「ここはどこだ?」

目も合わせないままに放たれた言葉が疑問形だったのでわたしは恐る恐るわたしの部屋ですけどと答えた。聞こえたのかどうかはわからなかったけれど、カーテンの向こうに窓を見つけると駆け寄って行ってしまった。すごい量の剣山みたいな髪が揺れて、後ろから見る分には可愛らしいシルエットだった。

「地獄、じゃなさそうだな」

彼の口から漏れるのはやはり日常生活では不必要じゃないのかと言いたくなるような単語だったけれど、笑って一蹴できそうもなかった(笑ったら最後のような気がする)。

「あの…」
「なんだ」
「帰った方がいいんじゃないですか?家族が心配してるかも」
「そんなもんもういねえ。たった1人の弟にさえ殺されかけたんだ俺は」
「殺すとか殺されるとかさっきからなにを…」
「そうだ、カカロット…カカロットはどこだ!」

弾かれたように窓から離れると彼はわたしの方に駆け寄って来た。正確にはわたしの方にではなくベッドの上の何かを探しているようだった。毛布の中から引っ張り出されたのは手のひらサイズの…おもちゃのようなものだった。それをいそいそと耳から目に掛けて装着するとサイドのボタンをカチカチ押し始めた。
いよいよ大丈夫なんだろうか、この人。

「くそっ、壊れてやがる…!」

しばらくそのおもちゃと格闘していたけれど思うようにいかなかったのか床に叩きつけてしまった。もちろんフローリングの床はここから見てもわかるくらいへこんだ。このばか力め…!

「…あの、」

床の上でしゅうしゅうと煙を上げるおもちゃを悲痛そうな顔で睨むと彼はわたしが座っているベッドにどすんと腰かけてそれから動かなくなってしまった。意を決して声をかけたわたしのこともガン無視だ。

「壊れちゃったんですか?この…おもちゃ」
「おもちゃじゃねえ、スカウターだ」
「す、スカウター…?」
「なあ」
「は、い?」
「ここはどこだ」

俯きがちだった彼の瞳がゆっくりとわたしを捕えてそう言った。疲れたような諦めたような瞳の色に、僅かに切実さが伺える。そのとき初めてわたしは、わたしだけじゃなく彼も困っているのだと気付いた。もうなにもかも嘘であってくれ、とそんな顔をしていたのだ。

どう答えよう?どう答えたら、この人の求める解答になるのだろう?そういえばさっきなんとか人だとか言ってたけど、外国の人なのかな?考えている間も彼のじっとりした視線はわたしに注がれ続ける。

「日本、です」
「ニホン?」
「…日本知りませんか?」

そんなばかな。わたしの問いかけに彼はきょとんとしてから首をかしげた。

「地球です。地球はわかりますよね?」
「ああ、俺は地球に来たんだ」
「よかった、日本っていうのは、」
「だが俺の知ってる地球とここはずいぶん違うみたいだぞ」
「え?」

っていうか、地球に、来た?

「おい女、本当にここは地球か?」
「ちょ、待って下さい、地球に来たって、あなたどこの…」
「だからさっき言っただろ、俺は、」

そしてまた宇宙最強のなんたら〜の説明が始まってしまった。ちょっと待ってよほんとに、
この人はどうしちゃったんだ?朝から頭の中がぐるぐるしてきて気持ち悪い。これが夢なら早く覚めてほしい。神さまお願い、わたしこんな展開望んでません。

「それよりあの、わたしたち、どうにもなってませんよね?」
「ああ?」
「どうっていうのはあの、その、」

そうだ、わたしにとっては彼がなんとか人ということよりもこっちの方が大事なんだ。恋人がいるいないじゃなくて、やっぱり、そういうのははっきりしておかないと。

「えっちしてませんよね?」
「ぶっ!!」

まどろっこしいからずばっと聞いてみた。彼は思いきり噴きだした。わたしだって恥ずかしいのに男のくせに赤くなるな!

「ね、してませんよね?!」
「おま、女なんだからもちっと恥じろよ…!」
「してないって言ってくれるだけでいいんです!」
「してねえよ!俺だっておまえに髪掴まれて目ぇ覚めたんだ」
「…じゃあいつからいたんですか?いつここに?」
「だからわかんねえ…目が覚めるまで俺は、」
「俺は?」

それからくっと顔を反らすとそれ以上話そうとしない。嫌なことでも思い出したのか僅かに震えてるような気もしてくる。だからわたしはそれ以上は追及しなかった。わたしが聞きたかったのはしたかしてないか、だし。

再びシリアスな空気になると途端に居心地が悪くなった。やっぱりお家に帰った方がいいですよ、そう言おうとしたときだ。わたしのお腹の虫がこれでもかというほどの音で鳴いた。

そういえば二日酔いフラグもいつのまにか回収されている。

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