03

「どうなってやがる…」

冗談には聞こえない声色だった。お芝居をしているようにも見えない。貫かれたはずの腹が綺麗さっぱり元通りなんだ!と言われても笑える自信なんてないけど。
ということは導き出される結論はあれだ、いわゆる夢オチ、だ。彼はきっと腹を貫かれる夢を見たのだ。
言わせてもらえるなら今のこの状況も夢であってほしい。
未だわなわなと震える彼に今度こそわたしは唇を開いた。

「あの、ちゃんとお腹ありますよ」

だからそんなところに座り込んでないで、家に帰った方がいいですよ。わたしはそう言うつもりだった。だけどそれは叶わないまま、ベッドへ背中から引き倒される。

「女!ここはどこだ!」

肩の骨が悲鳴を上げるのを聞いた。息が詰まるのは一瞬で、わたしは急な衝撃にげほげほと咽てしまった。
なんなんだこの人、なんて力なんだ。
もこもこだと思っていた髪は彼が表情を変えるだけでまるで剣山のようだ。だらりと垂れたそれが頬に触れる。まるでナイフを突き付けられているかのような圧力がある。

「答えろ!」

息苦しさに涙が滲んで、視界がぼやける。わけがわからない、彼は一体何者で、なんでわたしのベッドで寝てて、急に起きて意味のわからないことを口走って、どうしてそんな強い力で、
もしかして、わたし殺される?
今になってようやく自分の空間に見も知らぬ男がいるという恐怖感が沸き上がった。何もなかったことにしてお帰り願おうなんて穏便な思考はやはり寝ぼけていたからに違いない。
目が覚めてようやく気付いた。
この人はわたしを殺してしまったって困りはしないのだ。
死にたくない。死にたくないに決まってる。まだ楽しいことなにもしてない。誕生日だって今年のはまだ来てない。見たいドラマの再放送だって、大好きな期間限定のお菓子だって、ささやかな結婚願望だって、それに人並な親孝行だって、まだ…!
渾身の力を振り絞って握りしめたものは、やっぱり掌に馴染みのない感触をしていた。
いやー!とか、やめてー!とか、叫べば近隣住人も駆け付けて来てくれたかもしれないけれど、わたしには掌に力を込めるだけで精一杯だった。ぎゅっと目を瞑って身構える。そうだ、強いて言えばジェットコースターや急流すべりの落ちる瞬間に安全バーを握るような感覚で。

「…う!!」

何かに堪えるような低い唸り声と共にわたしへの圧迫感は消えた。充分な空気を吸うことが許されて、それを実感するとどっと汗を掻いた。心臓がばくばくとうるさい。わたしは今、息の根を止められかけたのだ。
足元を見やるとベッドから滑り落ちたときのように彼は座り込んでいた。いや、座り込むというよりは蹲っている?へたり込んでいる?

「し、尻尾はやめろ…!」

さっきとは打って変わって弱弱しい声で彼はそう言った。双眸はキッとわたしを睨み上げていたけれど目尻に浮かんだ涙がどこか情けない。

「しっ…ぽ?」

そして彼の両手に大事そうに握られているのは、彼の口から飛び出した単語そのものだった。まるで猿のそれを彷彿とさせるような茶色で細身で、見るからにふわふわしていそうな。

「あ、あなた…人間じゃないの?」

我ながら間抜けな質問だと思った。よもやこんな台詞を発する日が来ようとは。
わたしのその言葉に彼は不敵な笑みを浮かべた。どうやら尻尾が弱点らしいのだけれど驚きを隠せないわたしに優劣がどちらに傾いているのかを思い出したようだった。現にさっきわたしをベッドに押しつけた力は、女性を艶っぽく押し倒すそれではない。
彼はやろうと思えばいつでもわたしを力でねじ伏せられるのだろう。

「俺は宇宙最強の戦闘民族であるサイヤ人の生き残りだ」

…意味不明な自己紹介は置いておいて。彼がわたしにとって脅威の存在であることは確かだ。これは尚更出来うる限り穏便にお引き取り願いたい。

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