「…ど、どちらさまでしょうか」
やっと絞り出したのはベッドに潜り込んでわたしと同じように驚愕の表情でこっちを見ている人物に対する誰何の声だった。
わたしが毛布だと思って引っ掴んだのは彼の髪だったようだ。しかしわたしは彼に見覚えがない。
まさか昨日の飲み会でのわたしがしでかした恥ずかしいこと、は現実となっていたのだろうか?それも大学の人間でない男性と(大学の人なら名前はともかく顔くらい覚えているはず)。
「なっ…?!」
彼はもこもこした長い髪ごとぐわっと後ずさるとその勢いのままベッドから滑り落ちた。
よっぽどショックだったらしい(わたしもだよ)。
しかしベッドから滑り落ちた彼の姿を見て安心したのとぎょっとしたのはほぼ同時だったように思う。
「…え」
まず彼は服を着ていた。これで一線を越えてしまったか否かの判断は後者に大きく傾く。
しかし問題はその服だった。いや、服と呼べるのかどうかもわからないものだった。なんとも表現のしにくい、言うなれば漫画の中の登場人物のような、普段の生活に全くもって必要ないだろうと思えるようなものなのだ。
わたしが彼の服についていろいろと思考を巡らせていると相手は相手で今自分が置かれている状況にまた愕然とした表情で部屋中をキョロキョロとしている。どうやら彼にも記憶がないらしかった(よかった、忘れたなんて言わせねーぞ!なんて言われたらたまったもんじゃない)。
お互いまっさらなままお別れするのがいいんじゃないだろうか、と未だベッドの下でこっちが可哀相に思うくらい、首を動かしている彼に向かって唇を開いたとき、不意に彼の視線は自分自身の腹部へと向けられた。
「な、に…」
震えた彼の手が彼自身の腹に置かれる。まるで自分に腹があるのがおかしいかのような言動だった。その緊迫した様子に、わたしは出しかけた言葉を飲み込む。
自分に言い聞かせるように、わたしなんてここに存在しないかのように、彼はなぜだと言った。
あのとき確かに貫かれたのに、と。
何が、とは聞かなかった。彼が凝視しているのは腹だ。彼が腹のことを言っているのは明白だった。
跼天蹐地な彼の妄言