12

その日、わたしはラディと同じベッドで眠った。2度目のことだった。朝日の眩しさに目を開けたのはわたしだけで、ラディはまだすやすやと寝息を立てていた。昨日の地球一周とやらがよっぽど堪えたようだ。ラディは戦闘民族らしいし定期的に暴れないとストレスが溜まるのだろうか。それとも現状の打破を試みたのだろうか。

こんな世界要らない、ラディがどこかに帰っちゃうのならわたしも連れて行ってよっていう我がままと、ラディが帰るべき場所に帰ることができるならわたしは喜んで見送るねっていう醜いところを見せたくないプライドとがわたしの次の動きを鈍らせる。

どうして、出会ったんだろう。

「…んー、…名前?」
「おはよ、ラディ」
「ん、…」
「ラディ、今日はずっと一緒にいてもいい?」
「学校、は?」
「1日くらい大丈夫だよ、今日だけ」
「…わかった」

まだ眠そうに開き切らない目を擦るラディの髪に触れる。わたしと同じシャンプーの匂いがした。
なんだか身体中がひどく穏やかで、心地いい。今までに感じたことのない感覚があった。だけどそれは少し、寂しい。

「ラディ」
「うん?」
「わたしね、」
「…ん、」

ラディのこと、

言うつもりはなかった。だからなのかもしれない。わたしの手の中から、もこもこの感触は消える。
感触だけじゃない、声と、温もりと、存在も、消えた。


「まだ、何も言ってないのに」

笑ってしまった。その一瞬は笑ってしまうほど、呆気なかったのだ。開け放しにしていた窓から入った風がレースのカーテンを揺らす。音がまるでない。本当に静かだった。
宙に差し伸べたままだった手をぱたりと下ろすと笑っていたはずの頬が引き攣った。

「ラディ、」

涙が溢れて来る。
どうしよう、止まらない。すごく穏やかな気分なのに、涙がどんどん溢れてくる。

「ラディ…っ」

いなくなっちゃった。



1週間、2週間が過ぎるのはあっという間だった。

朝は慌ただしく家を出て、講義を受ける。お昼は友達と食堂でご飯食べて、帰りは買い物行ったりカラオケ行ったり、もちろんバイトも頑張って、たまーに合コンに呼ばれたりなんかもする。そういうのは当分要らないと断った上での、数合わせの合コンだけど。


あの日以来、泣かなくなった。泣く必要がなくなったからかもしれないけど。

相変わらずわたしは外ではいい子ちゃんをして、家の中ではたまに食べるコンビニ弁当のあとのスイーツがお気に入り。だけど台所に立つ癖をつけるようにはなった。料理くらい満足にできなくちゃ、と思って。

あの数日間が、夢や幻であったとは思ってない。現に出しっぱなしのゲームが今でもそれを強く主張している。ゲームだけじゃない、彼専用のコップや歯ブラシはまだ所定の位置に置かれたまま。
平凡な毎日を望むくせに、今の自分に満足しているくせに、って神さまがもたらした、ちょっとしたヒマつぶしだったのかもしれない。
だけどわたしはそれを誰にも話さなかった。話したところで信じてもらえるはずがないと思うし、何より彼のことを誰かに教えるのが少し勿体なかったから。


好きだと言えなかった。言うべきではないと思っていたし、言っても仕方ないとも思っていた。
それに、言わなくても彼には伝わっていたと思う。わたしが触れた先から。だって彼の親指も同じように、わたしの唇に伝えてくれたから。
あれから彼がどうなったのかはわからない。彼が言っていたようにお腹を貫かれて死んだのかもしれないし、もしかしたら助かったのかもしれない。今となっては知る術はないけれど。


そのときピピ、と足元で電子音が聞こえた。携帯だろうか?だけど携帯が置いてあるのはリビングのテーブルの上だ。膝をついてベッドの下を覗き込んで見た。

「あ…」

陽の光を受けて緑が反射しているそれは、彼が床に叩きつけたおもちゃだった。確か、ス…なんとかって言ってたっけ。手に取ってみるとそれなりに重量がある。記憶を頼りに、彼がしていたように耳に掛けてみる。左の視界が緑でいっぱいになった。

確かサイドのボタンを、…?

備えつけられているボタンを適当に押してみるとザザ、とノイズが走る。やっぱり壊れてるみたいだ。
耳から外そうとしたそのとき、ノイズに交じって何かが聞こえた。

「…、……?」
「なに…?なにか聞こえる…」
「…ぃ、…」
「なんて言っ、」
「…名前?」

その一瞬、うまく息が吸えなかった。声が、今声が、

「名前、聞こえてるか?」

うそ、幻聴じゃない。本当に、声が聞こえる。機械をもう一度耳に押し当ててゆっくりと息を吸った。

「…ラディ?」
「名前、ああ、俺だ」
「ラディ…っ」
「それ、捨ててなかったんだな…」
「だってラディが叩きつけて、そのまま忘れてたんだもん」
「ま、良しとしてくれや。こうして話せてるんだから」
「うん、…ラディ…」
「名前、ごめんな、一緒にいるって言ったのに」
「ううん、いいの、…帰れたんでしょ?」
「ああ、まあ、な。…死んじまったけど」
「そっか…じゃあ、地獄、にいるの?」
「ああ、やっぱ地獄だった」

乾いた笑みが聞こえる。まだ一ヶ月も経ってないのにひどく懐かしく感じた。ぐす、と鼻を啜ると泣いてるのか、と聞かれた。

「泣くよ、…ラディがいないんだもん」
「ごめんな」
「1人に、しないでよ…っ」
「ん、…ごめん」
「わたし、生きてるうちにいっぱい悪いことするから。そしたらきっと地獄行きになるよね」
「ばか言ってんじゃねえ」
「だってラディ…ラディに、会いたい…っ」
「名前、」
「…っなに、」
「…おまえが死ぬまで待ってるから、なるべくゆっくり来い」
「うっ、ん」
「俺たちは…飛び越えて出会え…から、死んでも会える…だろ?」
「うん、わたしもそう思う」

手の甲で涙を拭って耳を済ませる。ラディの声にノイズが交じり始めた。なんとなくわかる。今のこの時間も、誰かがわたしたちのために用意してくれたものなんじゃないかって。そしてそれには終わりがあるんだって。

「名前、」
「うん…?」
「……」
「ラディ?」
「…ぃ、…」
「ラディ…!」
「待っ……ら、…」

待ってるからな、最後に確かにそう聞こえて通信はぶつりと途絶えた。機械からはもうなんの音も聞こえない。それをぎゅっと胸に抱いて、わたしは立ち上がった。開け放しの窓から柔らかい風がふわりとカーテンを揺らした。

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