09

全体的に少し焦げてしまった朝ごはんを、ラディはおいしいと言って食べてくれた。わたしは腫れぼったくなってしまった目を細めて笑う。照れくさくてありがとうとは言えなかった。

「なあ名前」
「うん?」
「今日はどっか行くのか?」
「ううん、今日は何の予定もないよ」
「そうか」
「どうかした?」
「対戦モードしねえかなと思って」

ラディが指差したのは昨日のゲームだった。よっぽど気に入ったらしい。

「わたしああいうの苦手だよ?」
「いいんだよ、俺だってまだよくわかってねえし」
「じゃあ…ちょっとだけだよ?」

わたしが了承するとラディは子供みたいに笑ってゲームの電源を入れた。テレビの前に2人でちょこんと座ってスタンバイ。
不意に視界に入ったラディの尻尾がゆらゆらと揺れていて、もしかしたら嬉しいのかもしれない。そう思うと笑みを堪え切れなかった。

「ねえラディ」
「あん?」
「ラディって友達とかいたの?」
「あー…くそ生意気な上司と同僚がな」
「ラディ働いてたの?」
「ああ。条件のいい星見つけて、掃除したら売ってた」
「す、スケールの大きいお仕事だね」
「まあな」


ぴこぴこと慣れた手つきでラディはゼリーを落としていく。もしかして昨日ずっとこれしてたのかなと思うくらい、元の世界でもこれで遊んでたんじゃないかと思うくらい。

「彼女とかいたの?」
「いるかよそんなもん」
「え、」
「あ?」
「いや、…そんな開き直って」
「あー、特定の女なんかってことな」

ああそういえば元の世界では死と隣り合わせな感じだったんだっけ。それじゃあ恋人を作ったりっていうのも、躊躇われる…のかな。興味深いけど同じくらい理解しがたい世界だなあ。

「名前は?」
「え?」
「俺の相手ばっかしてていいのかよ?」
「……」
「あっ、積み上がってんぞ名前」
「…!あー…」

わたしの方の画面がゼリーでいっぱいになっちゃうのと同時にラディの勝利となった。ラディはなにやってんだよと笑ったけどわたしは内心穏やかではなかった。ぽっかりと空いてしまった穴に、ラディが埋まってしまっただけなのだと気付いたのかもしれない。目まぐるしい毎日を過ごしたせいで忘れていたのかもしれない。

「わたしね」
「あん?」
「フラれたの、ラディと出会った日の前日に」
「…まじか」
「つまんないって言われた」
「…そうかあ?俺ぁ毎日飽きないけどな」
「それはラディが特殊な環境にいるからでしょ?」
「うーん…」
「しかもつまんないとか言いながら、浮気してた。浮気が本気になったみたい」

レディ・ゴー!の合図で二回戦が開始される。ラディはあーとかうーとか答えづらそうにしつつもプレイには容赦がない。わたしの視界は涙でぐにゃぐにゃだっていうのに。

「…う、」
「あー!俺が悪かったよ!だから泣くなって!」

わたしがコントローラーを手放すのと同時にラディは声を荒げて(ちゃっかりポーズにしてるし)わたしの方に向き直った。あたふたとしていた手が恐る恐るという感じでわたしの頭を優しく撫でる。

「男なんて最低、…」
「ああそうだよ、そんなもんさ」
「ひどい!そんなことないよって言ってくれてもいいのに!」
「じゃないとおまえまた変な男に引っかかんだろー…?」

眉を下げてわたしの頭を撫でまわすラディはなんだか情けなくってそれでいて可愛かった。もっとわたしのことで困ってくれたらいいのになんて我がままを思いついちゃうくらい。


「大方あの服もそいつのもんなんだろ?」
「なっ、なんで知って…」
「考えりゃわかるっつの」

もこもこの髪に手を突っ込んでわしゃわしゃー!っとすると吹っ切れたようにラディはそんなもん捨てちまえ!綺麗さっぱり忘れろ!とわたしの肩を掴んで怒鳴った。

「えっ、待っ…!」
「今さら未練があるとか言い出すんじゃねえだろうな?おら、そいつの私物全部出せ!」

立ち上がってまず真っ先にタンスの方へどすどすと消えてしまったラディはおそらくこっちに戻ってきたときにはあの服を持っているんだろうなと容易に想像できた。

未練なんてあるわけないじゃないと言ってしまえればどれだけよかっただろう。今だってすぐに思い浮かべることができる。好きだったに決まってるし、なんでフラれなきゃなんないのかわかんない。

「ラディ、お願い…捨てないで」

だってわたし、まだ整理できてないんだもん。
弱弱しい、情けない声で俯いたまま呟いた声がラディに聞こえたかどうかはわからなかったけれど、後ろからため息が聞こえたのはすぐだった。ああ呆れられてしまった。そう思うと余計に涙が出た。世界にわたしの味方が1人もいなくなってしまった気分だった。

「怒鳴って悪かった」

後ろからずっしりと圧力がかかったかと思うと首筋の辺りに腕が回ってきてぎゅーっと抱きしめられた。ひどい、こんなときにそんなのって反則だよラディ。だけど嗚咽を堪えることができなくてわたしはただただ肩を震わせて、涙を手の甲で拭い続けた。

ラディが温かいから余計泣けた。ラディのせいだ。


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