紅いアネモネ | ナノ
神子さまに飽きられてもやはりわたしの仕事はあった。神子さまのお部屋のお掃除、神子さまのための買い出し、草木の水やり、食事の手伝い、もちろん神子さまのスケジュールの把握もだ。
強いての変化といえば、…神子さまがまるで当て付けのようにわたしのことを俺さまのメイドちゃん、と呼ぶことくらいか。ああ、普段から激しかった女性付き合いも増したと執事たちが嘆いていたよう、な。

箒を手に神子さまのお部屋のドアを2回ノックする。しかし返答はない。わかってはいたのだ。あれ以来、わたしと2人きりになることを避けているようにも見える。しかしそれでも目の届くところにいるので、これでよかったのだと返って思う。これが神子とそのメイドのあるべき姿なのだ。それにしても神子さまもまだまだ子供だな。

ベッドのシーツを整えて、ふと窓際に寄ってみる。数人の女性に囲まれるのは、やはり神子さまだった。以前ならこうやって見詰めれば見透かしたように手を振って来たこともあったな。鋭い人だからな、恐らく今だってわたしがこうして見ていることに気付いているはず。
ふいに後ろに気配を感じる。お屋敷の者でないことは容易に感じ取れた。ちらりと一瞥すると恭しく頭を下げた見知らぬ女性(恐らく彼の新しい配下か)。

「例の件が動き出しました故、報告に参りました」
「…そう、わかったわ。こっちは引き続き神子の監視を続けます、と伝えて」

開いたままの窓から一層強い風が吹いて、それと共に気配が消える。
おいたわしや、神子さま。そのごっこ遊びのような命を、わたしが監視していると薄々気づいているのだろうに。それでもわたしをここに置き続けるということはやはり、ごっこ遊びなのだと自覚しているのでしょうね。

「神子さま、お水をお持ちしました」

お盆の上のガラスを落とさないようにドアを控えめに2回ノックする。中からくぐもった返事が聞こえて、わたしはドアを開けた。月明かりが窓から差し込む、静かな夜だ。レースのカーテンが靡き、遅れて彼の紅い髪も揺れた。彼はベッドに座り、後ろ手に身体を支え天井を仰ぎ見ていた。いや、正確にはどこも見ていないのだろう。その瞳にはやはり光りがなかった。
定位置となっているテーブルにガラスを音もなく置く。中の水がたぷり、と揺れ月明かりを反射する。それだけだった。
すぐに踵を返してドアノブに手を掛けると、やはりあのときと同じようなタイミングで彼がなにかを囁いた。たぶん、わたしの名前ではなかったと思う。

「どうかされましたか?」
「あっちの世界な、再生の神子が旅出ったらしい」
「…まあ、」
「それで、ミズホの里から刺客を差し向けるんだと」
「……」
「こっちの世界の神子はこーんなやつなのに、大した違いだよな」
「神子さま、」
「もしも俺があっちに生まれてたら、世界再生とか面倒なことになってたんだよな…そう考えると、こっちの方がマシだったのかも、な」

わたしに、というよりは目の前の空間に語りかけるような心のない言葉だった。虚ろな目にぞくりとする。
あなたが絶望した神子という肩書きで、果たして妹君は幸せになれるのだろうかと問い質してやりたくなる。それでもやはりわたしはなにも言わない。それはわたしのすべきことではないから。

「…なあ、お前はなんでここにいる?」
「……わたしは、神子さまのメイドですもの。いつでも、神子さまのお傍に」
「あっそ。…大変だな」


そう、あなたが神子でなくなるまで、ずっと。
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