紅いアネモネ | ナノ
かしこまったノックを2回。
それがあなたの世界へ足を踏み入れるための、合図。

「失礼致します、神子さま」

なるべく透き通った、それでいて清楚な感じの声色を意識して中からの返事を待った。ドアはすぐにがちゃりと開かれて、美しく波打つ紅い髪が現われる。

「さっすが俺さまのメイドちゃん!いっつも時間ぴったりだな」
「お仕事ですから。…失礼致します」

白い歯を見せて悪戯っこみたいに笑うのは、わたしがお仕えする神子さま。一歩下がってわたしを部屋に招き入れると備えつけの椅子に座って嬉しそうに頬杖をついた。自分の部屋を掃除するメイドなんか眺めて何が楽しいのだろうといつも疑問だけれど、部屋を掃除するから出て行けなんてことも言えず今日もなんとか気にしないようにする。

「そういえば今日の俺さまのスケジュールは〜?」

ふいに後ろから声をかけられて、ポケットの手帳を探る。神子さまのスケジュールは本来彼の執事が把握してあるものなのにどうしてかいつもいつもわたしに神子さまは確認してくる。
有難いことにわたしは神子さまのお気に入りだった。

だから自然と、彼との接点が増えたしそれに伴って仕事量も見ての通りだ。でもわたしはそれを幸せだと思っている。彼の傍にいられるなら、これ以上のことはない。

「お昼過ぎから伯爵家とのお食事会がありますね」
「あー…そんな話もあったな」
「でも今日はそれだけですよ」
「おっ、まじで?じゃあ飯終わったら俺さまとデートしようぜ」
「お気持ちは嬉しいのですが、午後も仕事がありますので」
「そんなん他のやつらに任せりゃいーからさ〜」
「ですが…神子さまがメイドとデートだなんて」

困ったように上目遣いで見詰めればちぇ、と唇を尖らせて神子さまはむくれてしまった。申し訳ないと思いつつも、やはり彼とわたしとでは差がありすぎるのだということをわかっていてほしい。わたしが誰かになにか言われるのは構わないのだ。メイド長にもちょくちょくお小言をもらうし。
だけど神子さまは、違う。

「お許し下さい、神子さま」
「メイドなんか辞めりゃーいいのによ〜」
「そうしたら食べていけませんわ」
「そんときは俺さまが養ってあげるって!」
「ふふ、お戯れを」

本気だっつーのに!とやっぱりいじけた子供のような顔で抗議する神子さまには、神子さまのままでいてもらえないとわたしが困るんだ。
あなたが誰もいないところで、神子である自分を蔑んでいることは知ってる。だけど、あなたには神子でいてもらわねば。

箒の柄をぎゅっと握って、わたしは神子さまに背を向けて掃除を再開した。
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