紅いアネモネ | ナノ
「それとも、ここでわたしと果てちゃいます?」

振り返った彼は、唇から血を流しているのにとても綺麗だった。まるで幽霊でも見るかのような、見開かれたアイスブルーの瞳はわたしだけを捉えて、わたしだけのために揺れている。きつくきつく寄せられた眉が震えて、彼の唇が真一文字に結ばれる。
すぐにでも、泣いてしまいそうな顔だった。

「…っあ、」

カラン、と剣を放ると神子さまはへなへなと座り込んでしまった。それを見た彼らも武器を持つ手を下ろす。

「なんっだよ、お前…」
「ごめんなさい、邪魔してしまいました」
「わけ、わかんねー…」

膝に乗せた腕に顔を埋めると、神子さまはなにも言わなくなってしまった。それを見届けて、彼らに向き直る。心配げに見詰める鳶色の双眸が、わたしを見た。

「神子コレットは、この先に」
「あ、ああ…」
「彼はわたしが責任を持って回復し、必ず追いつかせます」
「…!」
「ですから、もう少し神子さまを、ゼロスさまを宜しくお願いします」
「…わかった」
「ごめんなさい」

わたしたちの傍らを駆け抜けると彼らはワープに乗り行ってしまった。
沈黙が訪れたが、わたしは構わず彼の傍へ駆け寄り治癒術を発動させる。久しぶりだな、お屋敷にいた頃は家事しかできないメイドを演じていたから、魔術や剣術なんて無縁だった。でも楽しかったな。案外ああいう生活も向いていたのかもしれない。
…今となってはもう、遅いけれど。

「…あのさ、」
「はい?」
「お前、俺の名前なんか知らねーと思ってた」
「そんな、まさか」
「…ずっと、俺のこと監視してたのか?」
「はい。あなたがユグドラシルさまと接触された日に、わたしは送りこまれましたよね」
「なげーこと監視してたんだな…」
「わたしには、あまり時間の長さや短さはわかりません。クルシスですから」
「……」
「薄々気づいてらしたんでしょう?」
「まあ、な」
「あ、動かないで下さい」
「…俺さ、お前のこと好きだった」
「……」
「そこらへんの女と違っておもしれーんだもん、お前」
「そうでしょうか」
「なにしたって喜ばねーし、素っ気ないし」
「そうでしたね」
「けど、…気になって気になって仕方なくて、気付いたら好きだった」

くらり、とする。体内のマナを大幅に使用したから当たり前だ。だけど、それだけというわけでもなかった。

「なあ、」
「神子さま、全てが終わったらちゃんと妹君にお会いして下さいね」
「なんで今、セレス、」
「それから、メロンばっかり食べてちゃだめですよ」
「…?」
「神子さま、…ゼロ、ス さま」

「名前…っ!」

さあ早く彼らを追いかけ下さい、ありがとう、ごめんなさい、お元気で、それから、さようなら

たくさんの言いたい、だけど言えないことがふわふわと浮上したけれど結局だめで、わたしは、フェードアウトしていく意識に従って目を瞑った。
大丈夫、わたしの肉体が死んだって、わたしのありったけのマナはゼロスさまに。
これから、ちゃんと人間らしく生きていかなきゃならないゼロスさまに。だから、いいんだ。

あなたは、日陰に咲く花。太陽の光も水も肥料もたくさんたくさん必要な、わたしの大切な紅いアネモネ。
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