▼ 墨村正守

木々の向こうに見える、見事な入道雲に気を取られてつい、草むしりをする手を止めてしまった。少しくらいいいよね。もう汗だくになるくらい働いたんだから。っていうかこんな仕事、年頃の女の子にやらせないでよね。こういうのはふだん、力有り余ってるような連中にさせればいいのに。

…うそ。頭領を始め、戦えるやつらは前線に出て頑張ってるんだから、これくらいわたしにできる。ただ少し、暑いねなんて笑いあえる相手がいなくて寂しいだけ。

ぶち、ぶち、と抜かれる草はなんのために生えてきたんだろう。そしてわたしが去ったあと、またどんな風になんのために再度生えてくるのだろう。わたしは人間なんて死ぬために生まれてくるのだと思ってる。死ぬためにまず産声を上げて、死ぬまでに死ぬことを拒絶したくなるような対象に出会うのだ、と。それがわたしにとっては夜行で、頭領なのだ。寧ろ彼らのためだったら死んでもいい。…そんな風なことを以前頭領の前で軽く零したら怒られた。だからもう言わない。心に留めておくだけ。幾ら頭領のお願いでも、これだけは変えられないんだ。だってそれが、わたしが死にたくない理由だもの。

「おお、精が出るねえ」
「あ、頭領?」

頭にぽん、と手を置かれて顔を上げると穏やかな微笑みを湛えた頭領が真夏の太陽から影を作っていた。もしかして光りから守ってくれてるのかな。頭領ならさりげなくしそうだもんな。さすが、男前。我らが頭領である。

「ちゃんと休憩入れてる?」
「あ、はい」
「水分は取った?」
「はい」
「いつ?」
「え?えーっと…」
「頑張るのはいいけど、それじゃ倒れるぞ。休憩にしよう」
「え、でももうちょっとなんです よ、?」
「いいよ。お前はよくやってくれた。あとは俺がするから。さ、日陰に」
「でも、頭領お疲れなんじゃ…!」

わたしの手を掴んだ頭領に、簡単に立たされる。そのとき強い眩暈がした。ああ、ずっと炎天下の下しゃがみこんでたからだ。目を開けているのになにも見えないくらいにチカチカする光り。頭がぐわんぐわんして果たして自分がきちんと立っているのかどうかさえ疑わしい。

「ほおら、言わんこっちゃない。…大丈夫か?」
「、は、い…っ」

なにかを強い掴んだ。恐らく頭領の上着だ。けれど見えない。目の前にいるはずなのに、目だってこんなに見開いているはずなのに。じんわりと嫌な汗をかいた。嘔吐感が喉元を支配してくる。

「担ぐけど大丈夫か?」
「え、あ、あまり 揺らさないで、下さい ね」
「りょーかい」

声と共に、背中と脚に腕が回って来る。わたしはきつく目を瞑った。そっと手を這わせる。胸板、肩、そして首の後ろへと。ああもったいないな、これで頭領や景色が見えていたらきっともっと幸せなのに。あの入道雲はまだ、綺麗なままもこもこと立ち上っているのだろうか。

「頭領、」
「ん?」
「暑いですね」
「ああ、今日は暑いなあ」

memento
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