▼ 榛名

「もう…榛名のこと、信じらんない」

付き合うきっかけも今思うとわたしのわがままだった。榛名はいつもと変わらないぼんやりした顔(野球以外のことに対して向ける顔だ)でわたしの申し出を承諾して、一緒にいることを許してくれた。
野球一筋の榛名。部活が終わっても自主練を欠かさない榛名。すごく荒れていたときの、榛名。決して優しくなんかなかった。ジロリ、そんな感じの視線ばっかりわたしに寄越して、言葉なんか有り得ないくらい乱暴で、自分勝手で。

でもわたしは確かに榛名が好きで、一緒にいれば、好きになってもらえばいい、そうすればきっと榛名はわたしに、わたしだけに優しくしてくれるなんて、そんなバカなことばっかりを。いつか、野球に向けられるような眼差しが、わたしにも巡ってくるのだと。
そんなバカなことばっかり考えてた。

「…は、 なんだよ」
「勘違いしてた。榛名のこと」

榛名は右手にはめていたグローブをぞんざいに投げ落とすとわたしの肩を掴んだ。部活が終わった静かなグラウンド。真っ赤な夕日は2つの影をベースに落としたままそっと沈もうとしていた。

「阿部くんが怒るのも、ムリないね」
「…、っんでそこで隆也が出てくんだよ」

わたしが阿部くんに嫉妬してたこと、榛名はきっと知らないんだ。わたし、ずっと阿部くんいいなって思ってた。榛名のあの力強い球をそのまま受けとめられるんだから。

(さすがにあんなにお腹にボコボコ当てられちゃあ敵わないけどね)

わたしは榛名が好きで好きで仕方なかった。だから高校も武蔵野をなんの躊躇もなく選んだし、今こうして野球部のマネージャーになってる。ぜんぶぜんぶ榛名の…いや、もうここまで来たらわたしのわがままでしかない。
榛名から離れられないわたしの、醜いエゴだ。いつまでも好きでいれば振り向いてくれる、って信じて疑わなかった。なのに、…なのに榛名は。

「なんであのときわたしのこと受け入れてくれたの、榛名」
「あのときって…あー…んだよ、めんどくせぇな」
「めんどくさくなんかない!」
「っ!」
「…、め、 めんどくさくなんいか、ないの…っ」

わたしは出来る限り力を抜いた手で榛名の腕をどかした。いっそわたしのせいで榛名が大怪我でも負えばいいなと思ったけれど、所詮思うだけで実行する勇気なんて更々なかった。榛名はわたしのものじゃない。
榛名はわたしのことを好きじゃない

気付いたのはいつからだろう。最初は、恋愛感情で見られてない、クラスメートってだけでなんの接点もなかったんだから、…それくらいだった。そのときももちろん榛名がわたしを見ていないのはわかっていた。これからゆっくりわたしを知ってもらえばいいのだと。
けれど今は違う。榛名は本当の本当に、わたしを好きだと思ったことはないはずだ。それがどうしてかわかるようになった。そしてそれはこれからも一生ないのだという気がしている。
 
「…悪かったよ。でもマジであのときのことははっきりと覚えてねんだよ」
 
今はどうなの、そんな愚問は口にしなかった(いや、出来なかった)。榛名は居心地が悪そうに頬を掻くと、先ほどのグローブを拾い上げ、指先で溝を撫でつけた(怒ってはいない、けれど本当にめんどうくさそうな雰囲気を醸し出していた)。

「…そう」
「で、おまえは俺と別れたいっつってんのか」
「そんなこと、…まだ言ってないでしょ」
「まだ、ね…。んじゃ、勘違いしてたっつのはどういう意味だ?」

ふ、と脳裏を榛名の笑顔が過る。余りにも疲れていたせいでもたれかかってきた子供みたいな榛名。甘えて腰に腕を回してくるときの上目遣いの榛名。汗臭い部室でわたしの頬にそっと手を添える榛名。
どれも確かに榛名で、わたしの大好きな人で、

「なんていうか、…違ったの。榛名は、わたしの好きな人じゃなかった」
「おまえ、今になるまで気付かなかったのか」

少し嘲笑うように榛名は言った。わたしは目線を置ける場所を下の方で探し、どうしても見付からないので夕日とは反対を向いた。榛名の目は見れないまま。
榛名はきっとわたしの目をきっちりと見ているんだろう。

榛名はきっとわたしが榛名をすごく好きなことは知っているはずだ。ぜんぶとは言わないけれど、きっと半分くらいはわかっているだろう。これだけ後ろを付いて歩けば嫌でも。
そして今この瞬間も榛名が愛しくて愛しくて仕方ないわたしを心の中で笑っているんだろう、 嘘吐き と。

けれどわたしは気付いたんだ。このままでは報われはしない。決して。断言してもいい。だから今日こそこのモヤモヤした関係を断ち切って、わたしはマネージャーを辞める。それで綺麗さっぱり終わりだ。榛名のことも忘れて、わたしは受験のために勉強を始めて、将来のために頑張るんだ。大学内で榛名よりも素敵な人を見つけて恋に落ちて、そしていつかは夏の甲子園をテレビで他人事のように見ながらああそういえば榛名とか言うやつもいたっけな、って彼をそれくらいの存在にしてやるんだ。
 
(そうすればきっとわたしは 幸せ になれる)

だから言うんだ。別れてほしい、って。言えばいい。わがままなわたしはもうわがままな榛名とは付き合えません、って。
(浮かんでは消える、榛名の表情がわたしの脳を溶かしてゆく)

ああわたしの邪魔をしないで
最後の最後までわたしを苦しめないで
 
(お願い、)

「好きとか言ってやれなくて、悪いと思ってる」

(はるな、)

「おまえは、俺がおまえのこと好きだってこと知ってると思ってたんだよ」

まあ、おまえならいいよ

「でもおまえがイヤだっつーんなら別れてもいい」

でも結局榛名がいないんなら幸せになれなくていい、
幸せよりも榛名の方が好きで好きで仕方ない、
そんなわたしはいったいどうすればいいの。

「っ はる、」
「おまえならいいって嘘じゃねえんだよ、わかれよ」

好きなんだよこんなにもおまえが
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