▼ 花井

明日なんて来なくていいと思った。そんなことあり得ないと思えば思うほど明日なんて要らないと思った。まるで風に逆らえない風船のように、自分の意思なんか無視であっちにフラフラこっちにフラフラ。きっとそんな感じなんだ。わたしはここから一歩も、固まってしまって動けないような気さえしているのに。枕から顔を上げる。エアコンのスイッチは入ってない。通りで暑いんだ、この部屋は。首筋に張り付いた髪が気持ち悪い。リモコンどこにやったかな。

お前、風船みたいだよな

そう言って笑ったあいつの顔を思い出す。ばかね。風船は上にしか飛べないのよ。風がなければ左右に泳げないし、ましてや沈むことなんて二酸化炭素を含んでいなければむりなの。それともなに、紙風船の方だって訂正する?そもそも生きた人間を無機物に例えるなんてそこからして間違ってるわ。どうリアクション取ればいいのか迷うし、まず嬉しくないもの。ほんとわかってない。そんなことよりわたしは一度ぎゅっと手でも握ってもらいたかったのよ、知ってた?知らなかったでしょ、だってあんたばかだもん。

ねえ、その子どんな風にあんたに笑うの?どんな話をする?癖とかもう覚えちゃった?わたしとなにが違うの?そんなこと聞けやしないし、聞きたいとも思わない。ならなぜ浮かぶのか。そんなのわたしだって知りたい。
どうしてこんなに重くて苦しい身体でまだあんたを求めようとしてるんだか。あんたはわたしに針を刺したんじゃない。根源を解いてしまったのよ。だからまだ生きてる、まだ浅い息を醜くも繰り返してるんだ。そうしてまた膨らんで、臨む大空を夢見ているなんて。

「うっわ、あっちい部屋…っ」

そんなこと言われなくてもわかってる。視線だけをジロリと上げると見慣れた坊主頭。ちょ、ノックくらいしなさいよ。仮にも年頃の女の子の部屋なんだから。

「したっつの、声もかけたし」

わたしが寝そべっているヘッドの傍まで来ると肩から掛けていた鞄をどさ、と置いて胡坐を組む。また少し脚、伸びたんじゃない?手も大きくなったし、でもやっぱりまだ幼いね。幼いままの、近所のあずさくんだ。

「あず、…なにしにきたわけ」
「いや、まあ…顔見に?」
「…タイミング悪いわ、あんた」
「あー、まあ、…そうだな」
「あんた、わたしがこうだって知ってたわけ?慰めに来たの?それとも笑いに?」
「ばか、俺は真剣に心配してだなあ!」

なにいってんの、この子ばかじゃないの。どうしてわたしが失恋ごときで幼馴染の、しかも年下の男の子に心配されなきゃならないんだ。え、なに、そんなにだめっぽいの、わたし。

「ねえ、…あず」
「うん?」
「エアコンつけて」
「ん、ああ、…って人使うなよ」
「あずが来たせいで余計に暑くなった」
「悪かったな。…リモコン、これ?」
「知らない。適当に押してみれば」
「おまえなあ…」

ぴ、と音を立ててエアコンが起動する。生温かい風が流れてきて、うわ暖房だしなんていうあずさの声が聞こえて少し笑った。でも顔は枕に押しつけたままだったから、バレなかったのが幸いだしそしてちょっと寂しくもあった。

「ねえ、わたしって飛んで行きそう?」
「はあ?」
「風船に似てるって思う?」
「あー?…まあ、似てるっちゃ似てる、のかなあ」
「あずも似てるよね、頭が」
「おまっ!」
「あは、冗談でしょ」
「…おまえなあ」

あはは、とひとしきり笑ってそれからのそりとした沈黙が訪れる。何も不思議なことなんかじゃなかった。むしろこっちの方が自然だったくらい。
それはもちろん彼にも届いているのだろう。

「お願いあず、今日は帰って」
「……なんで」
「わかるでしょ、ムリなの今は」
「俺、大人しくしてるし…」
「部活で疲れてるんでしょ?帰って休みなよ」
「あとちょっとだけ」
「あず、」
「なんだよ、いいじゃんちょっとくらい!」

顔を上げるとあずさは頬と耳を真っ赤に染めていた。どう見ても開き直った表情でわたしを見下ろしていて、わたしの反応をじっと待っている。なあにこの子、ばかじゃないの。握りしめた手、震えてるよ?

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