▼ 高瀬

「よし、…できた」

机上に散らばった消しゴムのカスを一纏めにして、出来上がったばかりの作文用紙を蛍光灯の光りに透かした。文面を目で追いながら誤字、脱字がないかを確認していく。
時計を仰ぎ見ればいつもならもう家でくつろいでいる時間帯だった。今日は見たいテレビがあったけれど仕方ない。達成感を含んだため息を静かに吐いて、隣で寝息を立てている幼馴染に視線をずらした。

(準太を待たせたのって、初めてかもしれない)

先生から今度の行事で使われる、新入生に向けた作文(しかも学校の良いところばかりを並べたもの)を書くように頼まれたわたしは、ずいぶんな時間をかけてそれを完成させた(準太の部活よりも長い時間だ)。

書きたいことに書きたいことをまとめ、余分なところを省き読み返し修正するという作業を延々と繰り返し(やり始めると止まらない性格なので)やっと今終わったのだ。

その間準太は文句一つ言わずわたしの隣にぴったりと付き添っていた。最初こそは軽く会話なども交わしていたけれど少し経つごとに準太の意識はだんだん薄れていき、気付いたときには寝息が聞こえていた。疲れているのだろう、わたしは構わずに作業を続けた。
準太の規則正しい寝息がなによりものエネルギーのようだった。

「準太、 準太帰ろう。終わったよ」

ゆさゆさと揺すってみたけれど、余程疲れているのか準太は起きる気配がまったくなかった。わたしは準太の腰辺りを軽く掴んで同じように揺すった。

「うおあ!」
「あ、おはよう準太」
「おまっ…!びっくりしただろーが!」
「だって準太なかなか起きないんだもん」


投手だから肩は止めておいてあげたんだよ感謝してよねと言うと準太は少々むすっとして頬杖をついた。わたしは鞄にペンケースを終いながら消しゴムのカスをゴミ箱へと運ぶ。その間準太の視線は机上の作文用紙だった。

「へえ。ちゃんと終わってる」
「もうほんと疲れたー…あとはそれを新入生の前で読まないと」
「学年トップも大変だよなー」
「…わたし、1番じゃないんだよ」
「え、そうだっけ。俺てっきり名前が学年1位かと」
「ううん、違うの」
「へえー…」
「1番じゃないと…、意味がないのに」
「おまえそんなに勉強熱心だったっけ?」
「勉強のことじゃないよ」
「じゃ、なんのことだよ」
「さあ、なんのことでしょう?」
 
帰ろう準太、立って、はやく!彼の背中を押して電気のスイッチを切る。真っ暗な部屋に慣れない目で教室を出ようとしたけれど、なにかに腕を取られて強く引っ張られた。考えなくてもわかる、ここにはわたしと準太しかいないんだから、犯人なんて。

「な、なんなの、準太…?」
「気になる。さっきの」
 
暗闇の中に伏し目がちの準太の顔がぼおっと見える。わたしはその表情に見惚れて息を飲んだ。掴まれた腕に心臓が移動してしまったかのようにそこからずんずんと熱くなってゆく。

(わたし、どうしちゃったんだろう)
(こんなに、 こんなにドキドキしてる)

「なんでもないよ、準太の気にすることじゃない」
「あっこまで言われたら気になるだろ。言えよ」

わたしがどんなに腕を引いても準太は放そうとしなかった。それどころがぐいぐい引っ張られてすぐ目の前に準太のネクタイがぼんやりと確認出来た。
(放してって言いたいのに…!)
わたしは半ば泣きそうになりながら懸命に顔を俯けていた。

このままだと流れに逆らえず好きだと言ってしまいそうだったからだ。こんなところでこんな不意討で準太との今までの良い(あくまでも自分からの評価だけど)友達関係を壊したくなかった。
準太に拒絶されるなんて、きっと耐えられない。

「ごめん、ほんと…っほんとなんでもないの、忘れて」
「…なんでそんな必死なんだよ、 な、泣くなよ」
「ふ、…っ」
「名前ごめん、俺が、…」

泣いてない。まだ泣いてない。ただ目にたっぷりと涙が溢れているけれど、まだ。まだ我慢できる。準太がまだダメだって言うなら限界まで。準太が一生ムリだって言うなら死ぬまで、耐え切れると思っていたのに。
友達のままで、今の関係でいいって、思ってたのに。

「気になんだよ。 …名前のこと、好きだから。そんな寂しい顔すんな」

(あなたの1番だという自信はまったくなかった)
(なのに誰よりも1番にあなたの傍にいたくて、)
 
頭の上で優しい声が降って来たのと同時に、わたしの唇に温かいものが触れた。びっくりして瞳が大きくなっていく先で、閉じられた準太の瞼が見えた。お互いの前髪が触れ合って、解け込むようにくっ付いてそのときわたしは、幸せだと、思った。
 
「うそ」
「嘘じゃねぇよ」
「うそだ…」
「名前こそ嘘だろ!俺の気持ちなんか知ってたくせに、…認めたくなかったんだろ、」
「しらっ、知らないよ!知らなかった…っ ってゆうか準太こそ!準太こそっ…」
「俺がなんだよ」
「わたしの気持ち知ってたでしょ!」
「知らねえよ!今知った!」
「うそつき!」
「嘘じゃねえっつの!俺は好きなやつに、 名前に嘘吐かねえ!」
「…!」
「……ちょっと落ち着けよ」
「ごめん、…だって」
「…な、キスしていいか」
「もうしたじゃん」
「あれはムリヤリだったろ。今度は違う、 な?」
「…うん、」

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