▼ ↑榛名

俺があいつと初めて会ったのは、高校に入りたてのときだった。
長ったらしいロングホームルームに飽き飽きしていたとき、同じように退屈を持て余した隣の女が2人他愛ない話をしていて、その会話に偶然俺も加わった。将来の夢を聞かれたから俺はずばっとプロだと答えてやった。たったそんだけだったけど。

そんときにあいつがすっげえ意外そうな顔でこっちを見てたのを覚えてる。変な女、それが名前に対して抱いた印象だった。 

「なあ、消しゴム貸してくれ」
「またー?シャーペンの先についてないの?」
「もう使い切っちまったんだよ」

呆れながらもちゃんと手渡しで消しゴムを俺の手に乗せる名前は、どこか固く笑う女だった。単刀直入にいうと、笑えてねえ。作り笑いってか、愛想笑いが下手なんだこいつは。
だから俺は名前を本気で笑わせることに気付かないうちに夢中になった。なにをすればこいつが喜ぶのかぜんぜんわかんなかったからほぼ手探りで、とりあえず仲の良い男友達という地位には上り詰めたと思ってた。

でも俺が近付けば近付くほど、名前は距離を置いた。時々苦しそうな表情をするようになった。なんかあったのかと、さすがの俺でも気付いたけど今更どうしたのかなんて聞くこともできずただいつもと同じように振舞うしかなかった。本当になんかあったんなら、こいつから打ち明けてくるんじゃないかと思ったから。
でも、そのときが来るまで結局名前はなにも言わなかった。

その日はすぐにでも雨が降り出しそうな曇った空が印象的で、俺は放課後の練習が心配でそわそわしてた。次の日曜には試合だってあるのに。先生の長ったらしい呪文みたいな声を聞きながらちらりと横を盗み見る。名前が真剣な表情でノートを取っていた。最近ずっとこうだ。2週間くらい前までは授業中でも構わずバカやってたっつーのに。

「おい、」

んだこいつ、俺が話しかけても無視かよ。つまんねーの。

「おまえ、なんか最近感じわりーな」

これにはさすがに怒るだろうかと思った。けど、文字を書いていた手が止まっただけだった。しかも目線は黒板のまま。まさか俺の声、聞こえてねえとか?ああ、授業中に邪魔されんのがいやだったのか?俺は机の中を探って1枚のルーズリーフを引っ張り出した。
…あれ?俺、ルーズリーフなんか出してなにするつもりだったんだ、

まさか名前に手紙を書くなんて思いもしなかったから自分自身にびっくりした。ああそうだちょうどいい、最近変な理由もこれで聞いちまおう。そう思ってなにも考えずに なんかあったのか、と書いて手を止める。…なんか女々しくないか?俺らしくねえ。とりあえず消す。

今日、雨降んのか?
…テレビで軽く降るっつってた。消す。

おまえなんか最近 変じゃね?
…手紙書いてる俺のが変だっつの。消す。

おまえ好きなやつとかいんの?
…バカみてえ。意味わかんねえ。有り得ねえ。消す。

今度の日曜、試合見に来い

そんな的外れなことしか書けなかった、あいつから返事の来なかった手紙。そうこうしているうちに1年があっという間に過ぎ、俺たちは別々のクラスになった。毎日顔合わせてたはずのあいつが、俺の視界から消えた。なんてことない日常だった。でもどこかポッカリ穴が開いたみてえに虚無感がひどくて、俺はようやくそのときになって名前が好きだったんだと自覚した。

徳レター
(返事が返って来ないとわかっていたなら、好き放題 おまえへの気持ちを書き殴ったろうに)
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