▼ 榛名

わたしはどうも榛名元希が苦手だった。普段はムスっとしてて目尻をぐーんと吊り上げていかにも俺様って感じで、なのに周りの女子からはクールだとかなんとかいわれて騒がれてる。
そしてなにより、勉強は点でダメなくせに野球に向けるひたむきな情熱が、わたしは気に食わなかった。
きっかけは、高校に入って初めてできた友達の何気ないひとことだった。

「ねえ、将来なりたいものとかあるの?」

ロングホームルームが退屈すぎての他愛ない会話から始まり、彼女はわたしの目を見ながら不意にそう聞いてきた。わたしは一瞬ポカンとして頭の中をまさぐってみる。

(将来なりたいもの、…)
ついこの間まで中学生だったわたしに、高校合格以上の目標なんてなかった。この高校だってレベルと通いやすさで決めたのだ、それ以外は期待していない。
(なりたいものなんか、 ない…なぁ)
けれど同じような境遇の彼女はもうすでに将来の夢があるのだという。わたしの答えは言葉にせず、彼女の語る未来をただ流すように聞いていた。

「あ、ねえ榛名くんはなにか決めてる?」

彼女の注意がわたしの隣りに反れ、反射的に声が投げかけられた方に顔を向ける。それが同じくこっちに視線を寄越した男、榛名元希と初めて目を合わせた瞬間だった。
どこか上から目線で(たぶん身長が高いからだ)わたしと友達の顔をじっとり見つめて詰まらなさそうに頬杖をつき、喉を震わせた。

「俺は野球でプロになる」
「へえー、 あ、榛名くんって野球部だもんねえ」

低みのある掠れた声だな、と思った。そのときは本当にそれだけ。そのあとすぐに終礼のベルが鳴ったのでそれっきりお互いの将来についての会話は終わった。

榛名に対して頬を染める女子を見るようになったのは、それから一月くらい経ってからだ。

その間にわたしは、隣同士の席ということもあり榛名と何度か言葉を交わす機会があった。榛名はいつも偉そうでわたしをからかっては盛大に笑っていた。そしてそれと同じくらい野球の話しを持ち出した。
その頃から、だろうか。わたしは段々榛名の話しを聞くのが億劫だと感じるようになった。どこかモヤモヤというか、はっきりいえばイライラというかそんな感情を抱くようになった。
それは榛名が笑顔を見せれば見せるほど比例して頻繁にわたしの脳内を支配していった。

そしてとうとう気付いてしまった。

「おい、」

薄暗い雲が空を覆っていて、気分的にもずうんとした感じの悪い日だった。授業に飽きたのか、口元に手を添え榛名がわたしに声をかけた。わたしはなにもいわずに黒板の文字をノートに書き写すという行為に集中していた。
こいつは返事をしなくても要件は勝手に喋り出すタイプの人間だからだ。

「おまえ、なんか最近感じわりーな」
 
カリカリとノートを走っていたシャーペンが一瞬止まる。別に榛名のひとことに反応したわけではない。先生の字が汚すぎて読み取りづらかっただけだ。わたしは目を凝らしながら黒板を睨みつけていた。それをおもしろくなさそうに榛名が見ているのが横目で確認できた。

わたしがなにもいわないのが気に食わないのだろう、榛名は軽く口を尖らせながら机の中を漁り、取り出したルーズリーフになにやら文字を書き留めていく。ようやく授業を受ける気になったのかと心の中でため息を吐きながら先生が重要だといった文章にマーカーを引いた(あ、引く場所間違えた)。
15分、いや10分ほどだろうか。書いては消し、書いては消しを繰り返したあとのあるルーズリーフが隣からヒラヒラと舞い降りてきた。上の段に汚い字が綴られている。ちょうどそれがノートの上に被ったもんだから何事かと文章を目で追う。
そこには榛名以外誰のものでもない字で、こう書かれてあった。
 
今度の日曜、試合見に来い

そのときだ、わたしの脳内をなにか良くないものが駆け巡っていった。たぶん、着色するなら黒とかそこらへんのものだと思う。そんなどす黒い感情に支配されている自分に驚愕しながら、心の中で深呼吸する。
わたしは別に榛名が嫌いというわけではない。榛名は意地悪だけど根は優しい、いいヤツだ。
わたしも、きっと榛名がこんなに大らかな人間でなければ易々と心を開かなかっただろう。

(じゃあ、一体どうして)
横でわたしの反応を待っている榛名の気配がする。けれどわたしの手は止まったまま榛名に返事を書くこともできずただ授業終了のベルを聞き流すだけだった。

1年前のちょうど今頃だったろうか。わたしは結局あのあとも榛名に返事を書かず、試合にも行かなかった。榛名はそれについてはなにもいわなかった。
だからわたしもなにもなかったかのように過ごした。そのうちに榛名とは席替えで離れ、進級でクラスが離れた。

それからずっと榛名が苦手だった。そして段々と榛名が苦手な理由を咀嚼した。わたしは、わたし自信に将来への希望がないことを少なからずコンプレックスとしていたのだろう。だからあのときはっきりと夢を語った榛名に嫉妬したのだ。わたしは自分勝手にも、榛名になにか同類のものを望んでいたのかもしれない。
わたし1人置いていかれるのが怖い。そう思っていたのかもしれない。いつのまにか、気付かないうちに強く強く榛名に依存していた。
そして認めたくないことにも、触れてしまった。

わたしは榛名が好きだったのだ。
だから彼の、野球に向けるひたむきな情熱が、わたしは気に食わなかった。

憎レター
(こんなに返事を書くスペースをくれていたのに)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -