▼ 榛名

「あっつー…。まだ初夏なのにこの暑さってないよ。…ねー、榛名」
「んだよ、うっせーっつの。余計暑くなる」
「じゃあもう帰ろうよ…」
「おまえ先に帰れよ。俺はまだ自主練あんだよ」
「そんなことばーっかりやってるから彼女できないんだよ」
「俺は、作れないんじゃなくて作んねんだよ」
「嘘ばっかり。ホントは宮下先輩のことしか見えてないくせにー」
「……」
「…はるな、」
「なんだよ!」

ガン!と機材を乱暴に蹴飛ばして榛名はわたしを睨んだ。わたしと榛名しかいない夜のトレーニング室は重い静寂に包まれた。
わたしがなにもいわないまま榛名を見据えると、榛名は苛立たし気に舌打をひとつかますとそのまま部屋を出て行ってしまった。
大きな音を立ててドアがしまり、わたしはようやく深いため息を吐く。

(最近、いつもこうだ)
(いつもわたしか榛名がイライラしてて)
(そのイライラをお互いに感染させている)

さっきのだって別に榛名を怒らせたくて宮下先輩の名前を出したわけじゃない。本当は遅くまで1人で自主練を頑張っている榛名を労りたかっただけなのに。
ただ暑いね、って会話を、普通にしたかっただけなのに。

(なのに榛名の自主練 邪魔しちゃった)
(榛名がプロになるためにどれだけ頑張ってるか、知ってるのに)
(わたし 最低だ)

わたしは榛名の3番目にもなれやしない。

今日はもう帰ろう。このままいたって、榛名が帰って来づらいだろうし。ドアの傍らに置いてあった鞄に手を伸ばそうと立ち上がったとき、ふと先ほど榛名に蹴り飛ばされた機材が視界に入った。
そういえばあれで怪我なんてしなかっただろうか。怒りに任せて我を失い、こんなことで怪我なんてさせてしまったら。
(救いようのない バカだ)

「おい。…おい、名前」
「え、あ、はるな…」
「なに突っ立ってんだよ、邪魔」
「あっ、あの、…怪我しなかった?」
「はあ?」
「さっき!さっきあれ蹴飛ばしたでしょ、そのときに怪我しなかった?!」
「だ、大丈夫だよ。痛くねえ」
「ダメだよもっとちゃんと見ないと!」

つい熱くなってしまい榛名の胸板に手をつくと、一瞬ポカンとしたあと彼は盛大に噴出した。わたしは呆気に取られて榛名を見上げる。
なに?!なんでこの人笑ってんの!

「いや、バカだなーと思って。おまえ俺のこと好きだろ」
「はあ?!わけわかんない!」
「じゃあ無意識か」
「だから…っ、なにを、」
「俺が帰って来る間、俺のこと心配してたんだろ?」
「な!それは当たり前でしょ!榛名はうちの、大事なエースなんだから、」
「もっと素直になれよ、名前」

人の気も知らないで、そう叫んでやりたかったけれど、わたしの喉からは声が出なかった。空気が詰まって痛い。どうしようもなかったから、俯いたまま嗚咽を噛み殺した。

だってわたしは榛名の3番目にも、


好きだったらなんなの。なんでわたしはこんなに榛名の中の順位を気にしてるの。
わたしは別に榛名とどうこうなりたいとか思ってない、ただ野球をしてる彼さえいれば、それで、

「好きだから、おまえがまだ俺は宮下先輩を好きだって思ってるのとか、いまいち言いたいこと言えねえのとか腹立つし、あと、独占したいとか、…俺にはあるよ」
「は、 るな ぁ、…」
「おまえ、最近すっげえトゲトゲしてたろ。あれも、なんか俺に特別なこと思ってんのかな、とか 自惚れた。名前は、ホントに嫌いなやつは相手にしないタイプだしな」

に、と笑うと榛名はわたしをきつくきつく抱きしめた。わたしはまだなにも言ってないのに、まだ榛名を好き、だなんて、一言も。

「榛名は…自意識過剰だね」
「でも当たってんだろ?」
「わたしは、榛名がわたしを好きだなんてわからなかったよ。3番目にも、なれないって思ってた」
「3番?」
「1番は野球で、2番は先輩」
「おまえ…まだ言うか」
「でもわかったの。榛名がわたしを好きだって言ってくれて、そんなの、順位とかどうでもいいやって」
「わかればいんだよ」

まだ初夏と呼ばれるべき時期
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