▼ 阿部

「あ、」

それはどっちの言葉だったのだろう。握っていた温かいココアの缶を危うく落としそうになりながら、わたしは今の現状に心底焦りを感じていた。
同じクラスの、少し面識があるだけの男友達(…いや、クラスメートか)と寄り道をした帰りだった。
しつこくいうもんだから1度だけならいいかななんて魔の差した放課後、そいつと所謂放課後デートなるものをした。
最初こそ負い目を感じていたものの、余りにも優しいもんだからパフェとか奢ってもらって上機嫌だった。それがいけなかったのかもしれない。

目の前でバカみたいにポカンと口を開けてこっちを見ている相手、もとい阿部は今日も練習を頑張った帰りと見える。後ろの方でよく見受けられる野球部のメンバーが揃っていた。

「あ!阿部の彼女じゃん!」

先に声を発したのはわたしでも阿部でも男友達でもなく、花井の後ろからひょっこり顔を覗かせた田島だった。
ああ今その発言はタブーだったと思われる。
慌てて田島の頭を抑えつける花井を横目で見ながら悶々と考える。この状況下をどうやって切り抜けるか、だ。

考えながらそっと見た阿部の顔はなんというか、無表情だった。開いていた口はきゅっと閉じられてはいるが眉間に皺を寄せている風でもなく、嘆き悲しんでいる風でもなく。ああ当たり前か。わたしたち今、喧嘩中だったし。お互いではもう収集がつかなくなってきていたから、きっとここで 終わりだ。

(わたしは別に、 ぜんぜん阿部の方がいいと思ってるのに)

阿部の怒っている顔が浮かんでくる。そういえばいつも怒られてた気がする。その分、ちらりと見せてもらえる笑顔がすごく好きだった。そんなの今更過ぎてどうしようもないけど!

「ごめん、今日はもう帰るね」

男友達を見上げながらいうと彼も居た堪れなくなっていたのか、じゃあなと苦笑いするとすぐに踵を返して消えていった。
そういえばわたし、あいつの名前知らないや。ねえ とか あのね とかで話しかけてたから気にならなかったんだ。

(だってわたしには最愛の人がいるっていうのにしつこいし、)
(ってあいつにも阿部にも説明できたら、言いわけできたら、いいのに)

パフェ奢ってくれるっていうから、意外と優しいとこあるんだなんて勝手に認識してたけど よく考えたら物を奢ってくれる人が優しいなんて、そんな勝手なのってないよね。

どうしてわたしにそんな風に接してくれたのかわかんないけど(うそ、…それくらいわかるけど)ごめんね。わたしは阿部の方がやっぱり いいや。
 
「い、 今まで… ありがとう、ね 阿部」

そそくさと言い残して去ろう。わたしから切り出した方が阿部もずっと楽だろうし。俯いたままだったので阿部の顔は見えなかったけれど、同時にわたしの顔も阿部には見えてないだろうから安心だ。

別れの挨拶はバイバイがいいだろうか、それとも距離を置いてさよならの方がいいだろうかなんてそんなある意味冷静なようでもうすべてを諦めたまま結局なにも言わずに阿部の横を過ぎる、 瞬間だった。

阿部の力強い腕に引かれて軽くよろける。転びそうになって見上げた先の阿部はこれまた無表情でわたしの顔を見ていた。

「あ あ、べ…」
「今のやつ、誰?」
「え、…とも、だち」

支えられるようにして添えられた阿部の手がわたしの腕を握り直す。離す気はないようだ。阿部の背後で花井が野球部のメンバーを引っ張っていくのが見えた。
ああもう知らないから。わたし、堪えられなくなっても、ぜんぶ花井のせいだから。

「ふうん。 今までなにしてた?」
「 奢ってもらって、…パフェ食べてた」
「へえ。美味かった?」
「え? え、…うん、おいしかった よ」

阿部はどこか遠くの方に視線を投げてもう1度 ふうんと息を漏らした。どうしたらいいのかわからなくて阿部の視線を追う。握られた腕がじんわりと熱を持ち始めた。その熱がなんだか妙に懐かしくてわたしは不覚にも泣き出しそうになった。
阿部って、暖かいね。

「あ、あべ」
「なあ、今度さ」
「 …うん、?」
「どっか行こう」
「え、どっかって、」
「どこでもいい、おまえの好きなとこ」
「わ、わたしたち もう…!」
「おまえだってさ、楽しいだろ?その方が」
「…けどっ」
「今度が嫌なら、今からだっていいよ 俺は」
「なっ、 …なんか阿部が やさしい」
「わかんねえ?俺、すっげえ必死なんだけど」
「な、なん…っ」 
「ってかこういうのは優しいんじゃなくて下心があるっつんだよ、覚えとけ」
「…わたしのこと、好きなの?」
「好きだよ、悪いか」

阿部の匂いがした。顔を胸にぎゅっと押し付けられて、びっくりしたのと嬉しいのとで溢れていた涙が零れた。夢中で阿部の背中に腕を回して、掻き抱くようにして目を瞑る。そんなわたしの頭に頬を寄せながら阿部は心底優しい音色でわたしの名前を囁いた。

ごめんねとありがとう、どっちを先に呟くべきか
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -