▼ 阿部

阿部は、手を繋ごうとすると怒る。最近は繋ごうとする前に避けられてしまう。さっき意地になってそれでも追いかけたら今手ぇ汚れてるからあとでなって諭されてしまった(まあ、部活が終わってすぐだし)。
汚れなんて別に気にしないのに。それより手を繋げないことの方がよっぽどイヤだ。どうして避けられてしまうんだろう?
(そんなに四六時中阿部の手は汚れているのだろうか?)わたしは阿部と手を繋ぎたい。そんな可愛い願いはいつまで受け入れてもらえないのだろうか?

「ねえ手ぇ繋ごうよ、あべ」
「両手塞がってるからムリだよ」

自転車をカラカラと押しながらこっちも見ずに阿部はいった。さっきは汚れてるからダメで、今は自転車の相手してるからダメなんて(じゃあ今日はもうムリってことなのね)。
わたしはむ、と膨れてそのまま黙って阿部の隣を歩いた。最近なんだかおもしろくない。全部阿部のせいだ。全然優しくないし、甘えさせてくれない。阿部はもっと甘えて来ないし。
これは俗にいう、マンネリ化というやつだろうか?ああいやだそんな熟年夫婦みたいなことになりたくないなあ…
それとももう、飽きちゃった?
 
(わたしは最初からずーっと変わらず阿部のこと好きなのに)

阿部はもうわたしのことなんてどうでもいいのだろうか。だから手だって繋いでくれないのだろうか。昔はよく二人乗りだってしたのに。
夕日が一望出来る大きな坂を、阿部にしがみ付いて急降下するのが大好きだったのに。今はバカみたいに信号が青になるのを立ち尽くして待ってるだけなんて。

(ずっとずっと変わらず、わたしは阿部を好きでいられる自信があるというのに)
 
わたしはもっと阿部に触れたいし、触れてもらいたい。別にそんなヤマシイ感情じゃなくて、ただ本当に阿部の温もりを感じたいだけで、愛されているという幸せに溺れたいだけで、そんな願望さえ叶えてもらえないのだろうか。

「あ、あべの、ばかっ」
「なっ、なんだよ いきなり」
「わたしはなにもおかしくない、おかしいのはあべのほう!」

阿部は はあ?とわたしの方を覗き込んだけれど信号が青になったので一緒に歩き出した。そうだ、わたしはなにも変わってやいない。
いきなりどうにかなったわけではない。全部全部阿部だ。阿部がいきなり変になっちゃったんだ。わたしに対してよそよそしく、手も繋いでくれなくなった。

「わたしはずっとあべを好きなままでいるよ、どんなことがあっても変わらないって自信があるよ、でもあべはどうなの?きっとそんな自信ないよね。だってもうあべおかしいんだもん、わたしにすっごく冷たくなった…っ」

わたしは出来る限り早口でそう捲くし立てて走り出した。後ろで阿部の あっ、おい!って声がするけど絶対に立ち止まってなんかやるもんか。あんたはそうやってずっと自転車の相手をしてればいいよ。

わたしは別に、…別に気になんてしないんだから。

(あべ、…あべ あべあべあべ、 あべ…っ)

あべ、という言葉がゲシュタルト崩壊するくらい呼んだって。わたしはずっとずっと阿部を好きなままなのに。

(あべ、)

そういえばわたしまだ阿部を名前で呼んだことがない。それなのにもうマンネリ化の熟年夫婦だなんて。
 

「で、気は済んだのか?」

阿部は息一つ乱さずわたしの後ろに立っていた。けれどわたしはそれを知っていたから別段気にするつもりもなく同じように歩き出す。

「なに怒ってんだよ。手ぇ繋がなかったことか?」
「別に」
「仕方ねえだろ、両手塞がってんだから」
「今日だけじゃないよ、いつだって阿部は手ぇ繋いでくれない」
「たまたま都合が悪いんだろ、 そんな怒んなって。それに自信なら俺もあるし」
「じしん?」
「お前はずっと、俺を好きでいる自信があるんだろ?」
「…!別にそういう意味じゃあっ」
「じゃあどういう意味なんだよ?」

阿部は意地悪く笑った。わたしは悔しくて反論の言葉を探した。でも阿部のいったことは事実だ。すべて阿部に伝えた通り、わたしは阿部を一生好きでいる自信があるのだから。
だから少し考えてから、反論しなくてもいいかなと思った。

「 、… っ」

そう思って顔を上げたとき、それを見計らったかのように阿部がわたしの唇にキスを落とした。触れ合ったのはほんの一瞬、だけど強烈な眩暈に瞳を開けていられないような、頬が真っ赤に染まるキスだった。
阿部の黒い目に吸いこまれそうで、わたしはそれがこの世で1番の幸せなんだと思った。

「あべ…っ」
「キスくらいで泣くなよ、 先が思いやられるだろ」
「だってビックリして…!あべがいきなりこんなことするなんて、」
「俺だってお前に触れるときは一杯一杯なんだよ、頼むからわかれ」
 
じゃあ今度は勇気を出して名前を呼ぶわ
(ああ、阿部を選んで 間違いじゃなかった)
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