▼ 花井

そう、あれは確か昼間の暑苦しい日差しに嫌気が差した頃だった。午後の授業に備えるわけでもなく自分の席で呆けながら、いちご紙パックのミルクを飲んでいた。
暑くてとろけてしまうのではないか、と本気で思った。
薄っすら汗をかいたいちごミルクと自分の手を横目で見遣りながら、ふと視界に入った校庭へ顔を向ける。
そこには元気なことに数人の男の子が野球をしていた。
(うわー、暑そう)

カキーンと景気のよい音が響いた。わたしは、野球のことはぜんぜん知らないけれど、それがホームランだということくらいは理解できた。バッターボックスにいるのは、
 
(あ、花井だ)

ワンテンポ遅れて花井が走りだし、ベースを踏んでいく。そのときわたしはドキドキともワクワクともとれない気持ちに焦がされていた(危うくいちごミルクを握り潰すところだったんだから)。
きっと不意討のホームランに魅了されたんだ。

 
(昼間のホームラン、かっこよかったなぁ)
予想していたよりも解散時間が遅くなり、けれども急ぐつもりもなくわたしは委員会を終え自分の教室に向かっていた。空は赤みを帯びた黒に埋め尽くされていて、遥か彼方で輝く星が見えた。
(わたしはそんなに目はよくないから、もしかしたら見間違いだったのかも知れないけれど)

昼間のホームランの音を思い出しながら、プリント類を小脇に抱えていた。もうどの教室にも誰もいない。部活生も大体は帰ってしまっただろう。
(球児やマネージャーはきっとあの音に胸を高鳴らせたり、また引き裂かれたりするんだろうなあ)

教室について、わたしは真っ先に窓の近くに寄った。昼間は暑苦しそうな校庭が見えたのに、今はただポツンとベースが佇んでいるのみ。
(確かに夜の学校ってドキドキするけど、なにもないとホントにおもしろくない)

帰ろう、そう思って顔を上げたとき、教室の後ろのドアがガラガラと開いた。

「…!」
「あっ…と、えと、 わり。びっくりした?」
「は、ない?」
「うん」
 
暗闇の向こうから現れたのは花井だった(ひょろ長いな…入り口に頭をぶつけそうだ)。
一瞬どきりとした心臓を撫でおろし、わたしは自分の席に戻り、横に掛けてある鞄を取った。花井はというとぎこちない笑顔のまま動かずにわたしを見ている。

「花井?どうしたの?なにか忘れ物?」
「あ!いや!なんでも…っ」
「なんでもないのに戻ってきたの?」
「う、…」

慌てる花井がおかしくて、わたしは笑いを堪え切れぬまま鞄に課題を詰め込んだ。チャックをぐ、っと閉めて肩に掛ける。花井はやっぱりその場でしどろもどろしていた。

「花井、鍵閉めるけどいい?」
「あっ うん」

ドアを閉めて、鍵穴に鍵を差し込む。かちゃかちゃやっている間、花井の視線はずっとわたしの手元だった(若干、震えてしまったかもしれない)。
とうとう居た堪れなくなり、わたしの頭は花井に振れる話題を探し始めた。
(あ、)

「そういえば、昼休みに野球してたよね」
「あー うん。見てたのか?」
「まあね。あれ、花井でしょ?ホームラン。かっこよかったよ」
「あ、…ありがと」

じっと視線を向けてみると、花井の頬がさっと赤くなった。わたしは構わず鍵を引っこ抜いて歩きだす。冷たいそれを持て余しながら真っ暗闇の中、手探りで階段を降りた。
花井は年齢の割りにすごく直向きに素直だ。平気でありがとうもごめんも言えるし、なのにすぐ赤くなったりして感情が表に出る。突っ張った感じもないし(たぶんそういう性格なんだろう)。
後ろをついてくるように歩く花井をチラリと見遣って、鍵を返却するために職員室に入った。
 
(花井、待ってる…かな)

鍵を所定の位置に戻すと、担任に声をかけられた。遅くまでえらいなとか家庭での勉強はどうだとかそんな感じだったと思うんだけど、窓に映った坊主頭のせいで、返せたのは生返事だった。
(花井って奥手なのかなぁ)

頑張れキャプテン
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -