▼ ジェイド

月にはうさぎが住んでいるらしい。そこで毎夜毎夜飽きることなく餅をついているらしい。疲れないんだろうか。醜い争いごとばかりのオールドラントを見下ろしながら、寂しくないんだろうか。
わたしの視力では到底及ばないだろう遥か彼方の満月を見上げて、なぜかとても悲しくなった。
 

「ティア、譜歌で援護を!」
「わかりました!」

そこは身も血も凍るような、一般人は決して寄りつかないだろうと思われる極寒のロニール雪山だった。
風が雪を強く押し寄せ、その音が女性の悲鳴…いや、嘆きのように聞こえる。なんにしても気味の悪い場所だ。こんなところにセフィロトがなければ一生無縁だったろうに。

「う〜… さむいっ!名前は平気なの?」

隣で自分の肩を抱き寄せて縮こまっていたアニスがわたしを見上げた。眉間に皺を寄せていて顔色が真っ青だ。

「平気なわけないよ、 わたしも寒い」
「だよね〜…ちゃっちゃと終わらせて帰ろーよー」

ぶるっと身震いをしてトクナガの頭に乗り込み、アニスは颯爽と魔物の群れへと突っ込んで行った。わたしも傍観してる場合じゃない。仲間が戦っているんだから、少しでも戦力にならないと。武器を構えて援護のためにアニスの後ろに回る。それに気がつくとアニスは少し安心したように笑った。

「にしても大佐は寒くないのかな?身震い一つしてないよね」

アニスの言葉でチラリとジェイドに目線をやる。確かにこの寒さをまるで感じていないような動きだ(ルークなんかはお腹辺りが可哀相だけど)。槍を振るう動作も素早くいつもと変わらない。詠唱も確実だし、さすが死霊使いといったところなのだろうか(わたしはそんなに詳しく知らないけど)。

「そうだね、…軍人ってみんなああなのかな」
「さすがの軍人でもこれは寒いでしょ〜…やっぱり大佐だからじゃない?」
「まあ、ジェイドを知ってる人間なら頷ける気も…」
「そこの2人、喋ってる暇があるのなら援護をお願いしますよ」
「! た、大佐〜 わかってますよう」

後ろから近付いて来たのは話題の中心であるジェイドだった(ぜんぜん気付かなかった…)。
ワンドを握りしめるとアニスは慌てて前衛の援護に回るためトクナガを走らせていった。

わたしはどうしよう。ジェイドが詠唱に入るのなら彼の援護に回った方が…
チラリとジェイドを見上げる。吹雪く白い雪の中に真紅の瞳を捕らえた。一言でいって赤、としか表現出来ない色だ。どことなく深みのある、赤。視線をそらすことが許されないような威圧感がある。

「どうしました、名前?私に見惚れてるんですか?」
「い、いえっ 別に…」
「そうですか。私は構いませんが、戦闘中は慎んだ方が良いですよ」
「 …すみません」

なぜか言い包められてしまう。ジェイドと言葉を交わすのが、どうしてかすごく怖い。なにかしら怒られてしまうんじゃないかという気がしてくるから。
ただそれは、わたしがジェイドを嫌いじゃないだけにとてつもなく苦しい。本当はもっと声を掛けて欲しいし、彼が喜ぶことをしてあげたい。
出来ることならば、近くに居ることを許して欲しい。
ジェイドはすごく遠い。
 

その日はケテルブルクのホテルに泊まった。ホテルからは街を一望出来る大きな窓があった(スウィートルームいうやつだ)(きっとネフリーさんのお気遣いだろう)。
小さく灯る色とりどりのランプの先に、大きな月が見えた。

「今日は満月…」
「そのようですね。こうしてのんびり月を眺めるのは久しぶりです」
「! ジェイド…」
「すみません、驚かせてしまいましたね。ですがノックはしましたよ、 3回ほど」
「あ、すみません…気付きませんでした」
「不在ならともかく、なにかあったのかと心配しましたよ」
「す、すみません…」
「構いませんよ」
「…あの、なにか用事でも?」
「いいえ、特には」
「そ、そうですか…」

月の光に照らされ、部屋にぼんやりと少し伸びた2人の影が浮かび上がる。どこか青白く儚げな感じのする肌寒い空間だった。

手を伸ばせばすぐ届くところにジェイドが、いる。

「子供はよく、月には兎がいるなんて言いますねぇ…。あんなところで生物が生きられるわけがないのに」
「え、…そ、そうですね」
「おや、もしやあなたもそうお考えでしたか?意外ですね」
「ち、違います!わたしはただ、…」
「ただ、…なんですか?」
「…いいえ、なんでもありません」

少し熱くなりすぎて、ハッと我に返る。ジェイドの赤い瞳に見据えられて冷静になるなんて可笑しな話しだけど。

月にうさぎがいないのはわかっている。あんなところで餅をついているわけないのだって、本当はわかっている。でもわたしはただ、そんな遠い存在があればジェイドのこともいつか諦めがつくんじゃないか、って 思っただけなのに。

「兎は、もっと近いところにいますよ」
 
ふ、と肩を抱き寄せられて顔を上げる。本当に近くにジェイドがいた。赤い瞳と視線がかち合う。次第に鼓動が早まって、…壊れるんじゃないかと思うほど波打った。ここがケテルブルクだということも忘れて身体中が火照っていく(ああ、ジェイドにバレてしまうんじゃないだろうか)。
わたしは頷く代わりにそっと瞳を伏せた。


赤い瞳の兎のはなし
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