▼ ティキ

※白ティキ
ガタタンと揺れる列車の窓側の席。質素で固い椅子はわたしのお尻には優しくなく響く。
まだあと3時間は乗っていなければならないのに憂鬱だな。ファインダーの人に受け取った資料に目を通しながら、窮屈になったブーツを脱ぐ。はしたないけど、他にお客さんいないし、いいよね。資料を隣りのバッグの上に置いて膝を抱く。
ただ今回の仕事は危険そうじゃないけど遠いだけ。手を伸ばして窓を開け放した途端、列車はトンネルに入った。

寂しいな。最近はずっと教団にいたから余計だ。ただ列車の揺れる音しか聞こえない。ポケットをまさぐってみる。…あった、わたしの宝物。教団の、みんなの、 写真。

「それ 友達?」

頭の上の方からいきなり男性の声が響いて振り返った。黒の癖っ毛をそのまま遊ばせた、ビン底眼鏡の男の人だった。瞳は分厚いレンズに覆われていて見えないけれど、唇に浮かべられたニヒルな笑みが少しセクシーで、なのに子供っぽくて。

「あっ、あの、」
「ごめんごめん、見入ってるから気になっちゃってさ。写真、皺になるよ?」

手元を見たら確かに、わたしの握力に負けそうな写真が山やら谷やらを作っていた。慌てて膝の上で伸ばす。どうしよう、元に戻らないってぼやいたらその人はそれも思い出だからいいじゃんって笑った。

「向かい、座っていい?」
「ど、どうぞ…」

変な人。席なら他にたくさんあるのに。荷物を足下に置いて、彼はどっこらせとわたしの向かいに座った。その様子を前髪の間からちらりと盗み見してみる。
だぼっと着こなしている服装はどう見ても高価なものではなさそうで、ところどころ泥みたいな汚れが見える。炭鉱かなにかで働いているのだろうか?割と力はありそうだけど…なんか弱そう。

「なに?俺ってそんなにかっこいい?」
「い、いえ…。すみません」
「そんな硬くなんないでよ、ちょーっと話し相手になってほしいだけだって」
「…遠くまで乗られるんですか?」
「いや、俺はちょっと行ったところだよ。お嬢さんは?」
「わたしは、少し。…ああでもちょっと遠いです」
「そっかそっか。1人でなんて大変だねー 寂しくない?」
「…少し」
「はは、素直で結構」

彼は窓辺の方に詰めると、小さく備え付けられた机に肘をついた。トンネルの内側しか見えない、列車の外に目を向ける。

「ここのトンネルは長いなあ。なんも見えねえ」

なんて独り言みたいに呟く。その声はどこか、人を諭し慣れしているようにも感じて、弟か妹でもいるのかななんてどうでもいいことを思った。列車はやっぱりガタタンと揺れる。わたしのお尻に優しくない、粗末な揺れ。でもどうしてだろう、少し柔らかい 揺れ。

「緊張してる?」
「…してません」
「じゃあカードでもする?」
「カード?」
「うん。俺にイカサマさせたら結構強いよ」
「そういうことは自己申告しないで下さい」
「うそうそ。女の子相手にはしませーん」
「…信用できません」
「いいからいいから、ほい、」
「あっ、あの、わたしまだやるなんて…!」
「いいじゃんどうせヒマっしょ?」
「そ、そうですけど…っ」

無理やり手札を配られてポーカーは始まった。な、なんで初対面の人といきなりポーカーなんてと思いつつ、仕方ないので手札をざっと見渡す。ワンペアだ。合図と共に一番端のカードを捨てて、山札を引く。

ちらりと見上げた彼は楽しそうに口角を上げていて、なんだか悪くないかもしれないなんて思ってしまった。
結局ワンペアのまま。スリーカードにでもなればいいのに。

「なんか賭ける?」
「賭けられるものなんて持ってません、わたし」
「そうだなあ…じゃあ、俺が勝ったら君の名前教えてよ」
「わたしが勝ったら?」
「俺の名前教えてあげる」

お互いにどうでもいい賞品だと思ったけど、わたしはそれで承諾した。ちっぽけな出会いとちっぽけな報酬。その釣り合いがとても心地よかったからだ。

「お嬢さん、手札どう?」
「そんなこと対戦相手のあなたに言えません」
「俺の方はさっぱりだね、降りるぜ」

そう言って彼はもう一度カードをシャッフルした。よかった、わたしもワンペアのままだったし彼と同等かそれ以下であった可能性も充分ある。手渡された手札を受け取ってそっとめくる。え、ちょ、なにこれさっきよりもバラバラ。役なんてひとつもない。…あ、いや、でもいけるかもしれない。わたしの手札5枚は確かにバラバラな数字だけど、ハートが3枚。残りの2枚を捨てて、新たにドローしたカードがそれもハートだったら。

「2枚捨てます」

ドキドキしながら2枚を捨てて、山札から引いた。

(来た…、フラッシュだ)

わたし天才かもしれない。っていうかここでこれからの人生の運ぜんぶ使っちゃったかもしれない。ハートだらけの手札を握りしめてそっと深呼吸。だめだめ、このカードゲームがポーカーと呼ばれる所以を思い出して目を瞑った。わたしが降りないことに、にっと口角を上げて彼はカードを握り直した。きっと彼もいい役が揃ったんだ。まさかロイヤルストレートフラッシュとかしないよね?女の子相手にイカサマしないってさっき言ってたし。

「こ、コールします」
「レイズ」

自信満々で彼はそう言った。や、やばいほんとに自信あるんだこの人。伺うように見上げると、分厚いレンズの向こうで彼と目がかち合った気がした。だけどわたしだってせっかく役が揃ったんだもの、出したいじゃない。それにハッタリかもしれないし。

「チップなんてありませんけど…」
「こういうのは雰囲気なんだよ、開けるぜ」

彼の合図と共に、お互いがお互いの膝の上にカードを広げる。わたしの手札は真っ赤で、彼の手札は真っ黒だった。

「あ、フラッシュ…」
「なんだ同じかよー」
「すごい、こんなのってあるんですね」
「だなー、偶然」

なんて言いながら笑う彼はぜんぜん驚いてる素振りなんかなくて、わたしはハッとした。きっと彼が仕組んだのだと、なんの確信もなくそう思った。だけどわたしはなにも言わなかった。なんだろう、今すごく楽しかったわたしがいたんだ。かなりいい役ってわけじゃない。だけど揃ったところを見てなんだか嬉しくなった。

「この場合どうするんですか?」
「そうだなあ…ふつうはスペード持ってるやつが強いんだけど、クローバーとハートだしなあ。あ、じゃあ名前の最初の綴りだけお互い教えるってのは?」
「イニシャルで呼び合うんですか?そんなことしなくても名前くらい…」
「それじゃおもしろくないんだよ〜…って、うお、そろそろ降りる駅だわ」
「え、あ、…ほんと、いつの間にトンネル抜けたんだろう…」
「あっという間だったなあ。…ま、また今度カードやろうや、お嬢さん」
「あ、はい、ありがとうございました」

束ねたカードをポケットに突っ込んだ彼は荷物を肩に担いで立ちあがった。窓の外には炭鉱城が広がっている。ここで働いている人なのだろうか。わたしを見降ろして、子供っぽくニッとっ笑った彼はわたしの頭を乱暴に撫でてまたなと行ってしまった。少し寂しいけれどなんだか幸せだったな。
下ろしていた足をもう一度抱きしめて、膝小僧に頬を寄せた。

「お嬢さん!」

呼ばれて振り返る。もちろん彼はさっき出て行ったのだ、列車の中にはいない。なら。立ち上がって窓から顔を出すと黒い癖っ毛を風に揺らした彼が手を振っていた。

「俺、ティキってーの。お嬢さんは?」
「あ、わ、 わたしは 名前…!」
「名前…うん、じゃあ次カードするときはもっとドキドキするもん賭けようぜ」
「ど、ドキドキってなんですか…っ」

笑う彼の声に被って、列車の汽笛が鳴る。ああだめだ、今ちょっとキュンとなってしまった。窓の縁を抑えながら精一杯身を乗り出して、でもなんて声をかけたらいいのかわからなくてただ彼を見てた。だってもう、会えないかもしれないなんて思ったから。

そして列車は流れたのです。わたしと彼を引き離すように。運命も同様にそうでした。歯車は違えられていたのです。初めから、全て。
だけどその頃のわたしにはそれを知る術なんて、ひとつもなかった。
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