▼ ティキ

(ずっと傍にいてよ、)
そんなふうに欲張りなわたしになったのは、いつからだろう。
ずっと家族として生きてきて、これからも家族として生きていく予定だったのに。可笑しいよね。でも傍にいてほしくて、片時も離れていたくないの。そりゃ、確かにロードやジャスデビもわたしを大切にしてくれるよ。なんだかんだ言っても構ってくれるもの。
そんな毎日に不満があるとかそういうわけじゃないんだけどね、でも、でもあなたに傍にいてほしいのよ。なに言ってんだ、子供じゃあるまいしってあなたは呆れてしまうかもしれないけれど(それなら子供でいいわ)あなたに傍にいてほしいの。

…なんて、頼んだこともないのに、わたしはあなたを見つけるたびにそう思うの。そしてなにもしないうちに、行ってらっしゃいを言うの。

(ねえ、もっと)

春の麗らかな昼下がりだった。わたしは自室で読書に耽っていて、一瞬のうちに起こった変化に全く気付けなかった。太陽の光でぽかぽかしていて、ほんの少しだけ眠気が襲ってきていたのだと言い訳すればそれまでかもしれないけれど、とにかくわたしはそのとき警戒心というか(自分の部屋にいて警戒心もなにもないと思うけど)そういうのがなくて、無防備なままで、心の準備というものをしていなかった。
 
「なあ、その本おもしろいか?」
「…!」

いつのまにかティキがわたしの手元を覗き込んでいた(ドアの開く音は聞こえなかったはず…!)(こいつ、擦り抜けて来たな!)。
わたしは驚きの余り後ろに飛び退き、その反動でティキの顔面目掛けて、持っていた本が飛んだ。
(もちろんその本はティキを通過して壁にぶち当たって落ちた)

「おいおい、んな驚かなくても」
「…っ、びっくり、した の !」

肩を強張らせながら距離を取るわたしを見て、ティキは心底楽しそうに笑った。そして、無理な形に草臥れた本を片手で拾い上げると傍に備え付けてある机に置いた。
わたしはまだ、洋服の胸のところをきつく握り締めながらティキを見つめる。ふー、と疲れたようなため息を吐きながら、ティキはわたしが今まで腰掛けていたベッドに座った。

「な、 なによ。なにか、用事でも?」
「いやー、さっき長期の仕事が片付いてさぁ」

後ろにそのまま倒れると、ティキは枕に顔を埋めた。シンと静まり返る中で、ティキの2度目のため息が聞こえた。それを合図に、わたしは恐る恐るティキに近付く(といっても、間に人間が2人通れるくらいの距離)。
ああこんなことならもっと可愛い、余所行きの洋服でも着るんだった(そんなの自室で有り得ないけど)。もう少し丁寧にお化粧するんだった。髪に櫛を通すんだった。

(なんでこんな、 見られてもいいような わたし じゃないんだろう)
 
自分に自信がないの。だからあなたに、ずっと傍にいてほしいって言えないの。目が合うだけでもう、言葉が声にならないの。今のその一瞬だけを生きたいって、思っちゃうの(なら、永遠なんて願わなければいいのに)。
悔しくなって洋服の裾をきつく握る。
もっと、いつ見ても完璧でいたい。あなたに、可愛いっていわれたい。
(そう思えば思うほど、距離は遠くなっていった、のね)

「…ティキ、」
「……」
「ティキ?」
「……」
「うそ、寝ちゃったとかやめてよね…!」
 
ぐ、とティキの肩を掴もうとした手が止まる。どうしてなのかは、わからなかった。このまま寝かせてあげよう、なのか 例の如く完璧でない自分に自信がないからなのか(こんな醜いわたしのことだから、きっと後者だ)。

盛大なため息を吐きたくなったが、それよりも先に涙が込み上げた。なんというかもう、自分が嫌だ。まるで、彼に触れることを神に禁じられているような、そんな悲劇の物語のヒロインにでもなったつもりなのだろうか?
そんなわけないのに、有りはしないのに。だってわたしと彼は同じ一族で、同じ目的を全うしていて、それ以上でもそれ以下でもなくて。

(なら、わたしはどうして彼に触れられないのか)

ふ、と反らした視線の先に、置かれた本がある。わたしがさっきまで目を通していた、遠い地の物語。ティキが行き成り出て来たせいでしおりだって挟んでないのに、けれどどこまで読んだかなんてはっきり頭に刻み込まれてる(だって、何度も読み返したから)。
お互いに触れ合うことを許されなかった男女の、物語。

(ああそうか、わたしは)
(わたしは、あの本みたいにティキに通過してしまうことが)

ティキが家族に能力を使わないことは知ってるのに。そんなこと、今までだってそうだったからわかってるのに。もしもそのときになにかの弾みで軽々しくティキに触れて、もしもそのときに思いがけず通過してしまったら?ティキに、”触れたくない”と思われてしまっていたら?
有り得ないことだってわかってるのに、ティキはそんなことしないってわかってるのに、もしも触れられなかったら?”もしも”が起こり得たら?

ティキはきっと苦笑いしてごめんって言うんだ。そんなつもりはねぇんだけど、とかそんなこと言いながら居心地悪そうにして、でもわたしのこと気遣って、それが余計わたしを傷付けるだなんてわかってなくて、一生懸命フォローして。

わたしはきっと、その時点では平気そうな顔して笑うんだ。ううん、いいのわたしこそごめんねとか辺り障りのないこと言って、それで誰もいないところで泣くんだ。涙で洋服の裾をぐしゃぐしゃにして、立ち直れないくらいに泣き叫んで喉を潰して、神さまだって呪うかもしれない。
もう2度と、ずっとティキに傍にいほしいな、なんて思わなくなってそのまま虚しさのあまり しぬ んだ。
(今のわたし自身がもう、死んでるなんて気付かずに)


まるで追複曲、
ジュリエットにもなれぬまま
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