▼ ティキ

「名前はさ、なんかオレに似てる」

ふ、とティキが漏らすようにそう呟いたので、何事かと振り向いたことがある。見つめた先のティキは照れ臭そうに笑いながら いや、そうでもないのか と目線をそらした。
そのときは、こんな風にセクシーに笑うヒトに本当に自分が似ているのか、と不思議に思った。

(ねえ、いつのこと だったかなぁ)

「似てる、なんてそんな大層なことじゃないと思うんだけどね」
「ん、なにが?」
「ティキ前に、わたしがティキに似てるって言ったじゃない」
「言ったっけ?」
「言ったよ、忘れた?」
「あー…言ったような気がしないでもないけど」
「言ったのよ。かなり前だけど」
「ふうん。それで?」
「…わたしは確かにティキに似てると思うの。似てるっていうか、同じタイプ…みたいな」
「へえ。まあそれはオレも日頃思ってるけど」
「どこがって聞かれたら答えられないけど、そんな感じがするの」
「まあな」
「でもそれは、」

言いかけたところで びゅうっ と強い風が吹いた。近頃この辺で起きてる怪奇現象だ。イノセンスの疑いがあるから、と今朝から千年公のお使いでわたしとティキはこのくそ寒い地方に来ていた。
突然吹いたその突風に身体が強張る(この寒さはさすがにないでしょ…)。

「でもそれは、の続きは?名前」

同じように寒さに参ったのか首を窄めながら隣まで歩いてきたティキがわたしの肩を抱いた。わたしはツンとした冷気に頬をさされつつ風の根源を見遣った。
微かにだが、奥の方が輝いている。まずあれがイノセンスと見て間違いないだろう。
ティキの質問をスルーする方向になったが、わたしは構わずそっちに向かって歩き出した。つられてティキもゆっくり進む。
そのとき、後ろで ひゅ、となにかが飛ぶ音がした。チラリと視線を飛ばすと見覚えのある模様の服。

「…ティキ、」
「ああ、いるな。そんな多くないけど。オレが行こうか?」
「うん、お願い」
「じゃ、そっちのイノセンスは頼んだ」

手袋をはめ直してティキはわたしに背を向けた(わたしにエクソシストを任せる気なんてさらさらなかったくせに)。

そしてそのときになって雪が降り出していることに気がついた。この地方に雪は珍しくないんだろうけど、イノセンスの突風のおかげでそれは見る見るうちに吹雪に変わってゆく。

視界が悪くなる中で、エクソシストの方へ歩いていくティキの黒い背中が見えた。

「あ、名前」
「ん、なに?」
「んー…いや、なんでもねぇ」

ティキは振り返ることはせずにそのまま消えていった。わたしも構わずイノセンスの方へ歩いていく。風は強くなるばかりだ(そっちの方向に歩いてるんだから当たり前だけど)。
 
頬と鼻の頭が痛い。きっと冷気にやられて真っ赤になってるんだ(こんな顔、ティキに見られなくてよかった)。

息をするのも苦しかった。気付かれるのがいやで、ため息だって吐けなかった。ティキといるとなにもかもが苦しい。狭い空間に押し込められるようなそんな感じだった。でもそれは好きだからこそ、そう思ってた。
(今もそう思ってるよ)


似た者同士は傷つき易いそうだ。
無から有が生まれないように、お互いの欠けた部分をお互いで補うことはできない(その事実に打ちのめされたとき、果してどれだけのヒトが全てを受け入れることができるんだろう?)。
わたしの欠けた部分とティキの欠けた部分。
わたしの満たされた部分とティキの満たされた部分。
それはきっとはめることの出来ないジグソーパズルのようになってしまうんだと思う。

「でもそれは、…だめなんだよティキ」

わたしは確かにティキを愛している。神に誓ってもいい。けれどティキの全てを受け入れる、ということは難しいんじゃないだろうか。

ティキはわたしとは違う他のニンゲンだし、似ているとなれば尚更重いんじゃないだろうか。わたしにとってもそうだし、ティキにとっても。

(でもティキのことだから、来世はあの子たちみたいに双子に生まれようっていうのもいやだって言うんだろうな)

目の前で薄く鋭い光りで輝くイノセンスを手に取る。わたしがもし今ここでこのイノセンスに適合でもしたらどうなるんだろう(ノアだからそれはない、…のかな?)。

もしも教団側に味方について、ティキと敵として向き合うような日が来たら。

「名前どうした?早く壊して帰ろうぜ」
「…あ、 ティキ」

ふう、やれやれとでも言いたげな表情でわたしの背後から手に持ったイノセンスを覗き込むティキ。わたしは耳にティキのくしゃくしゃした髪の感触を感じつつも、すぐにイノセンスを破壊した。パリン、とガラスでも割れたような音がする。

本当にティキと戦うようなことがあったら。もしかしたらそれが1番、きちんとお互いで向き合えるスタンスなんじゃないかなと思う。

「ねえティキ、わたしが死んだら、どうする?後追う?」
「は?…あー、そうだな まあ、死なせねぇよ。オレが生きてる限りそう易々と死なせないね」

でもそれは違うから。わたしはノアとして、ティキもノアとして、こうして一つの家族として生を受けたのだから。わたしたちは苦しみながらも仕方なしに背中を預けあって息をしていくんだろう。
例え愛なんかじゃ埋まらない深い溝を持ったとしても。

fragile chance
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