▼ ティキ
※白ティキ
あなただからいいと思ったんだよ。自分以外のことなんか考えてられないわたしだったけど、それでもあなただからいいと、本気で思ったんだよ。
わたしの世界に色をつけてくれたのは、他でもない、あなただよ。
「名前はキス、好き?」
わたしが余りにもキスを強請るとティキはそう聞く。そのときの声も困ったような微笑みも、乱れた髪を掻き揚げてくれる指も大好きだよ。
「うん、」
でもいっつも言葉が足りないから。それはずっとずっとごめんねって思ってるの。
(いつか言えたらいいな)
「じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。…ねえ、ティキ」
「んー?」
いつ 帰って、くる の?
「…ううん、わたし待ってるね」
「おー、なるべく早く帰ってくるから」
(なるべく、って言った)
ティキは時折、血に似た生臭い匂いを漂わせて帰ってくる。わたしはそれにはなにもいわなかったけれど、それが反対にティキに勘付かれたようで、最近はその血生臭さの上に似合わない香水やほろ苦い煙草を被せて帰ってくるようになった。
(わたしはなにも言ってないのに)
(ぜんぶわかったようにティキは笑う)
ティキが帰ってこない期間はいつも短くはなかった(わたしはなにも言わない)。おかえりなさい、ご飯食べる?それだけでティキは笑ってくれることを知っているから。
(うそ、本当は違う)
(強く言い過ぎてティキが帰って来てくれなくなったらどうしよう、って)
(こわいんだ)
ティキのホームはきっとここじゃないんだ。きっとどこか遠く、わたしの知らないような、知らなくていいような場所。そんな風に言うと逃げてるみたいだけど。
(でも本当にティキは、)
「好きだよ、ティキのぜんぶが好き」
今そんなこと言えたってティキはいないのに、もしかしたらもう帰って来ないかもしれないのに、ティキは望んでないかもしれないのに、受け入れてもらえないかもしれないのに。
「あら、名前泣いてんの?」
ぽつ、と頬を伝った涙がベッドのシーツに落ちたときだった。いつもの飄々とした声が聞こえて、頭を上げるのと同時に抱きしめられる。ティキがいつも吸ってる苦い煙草の、匂い。
「ティ、キ…」
「いや、まさかマジで泣いてると思わなくてさ。びっくりした」
「ティキ…」
「寂しかった、よな。ごめんな名前」
ティキのぜんぶが、声も笑顔も指もなにもかも、ぜんぶ、ほんとにぜんぶだよ。一滴残らずぜんぶ。そのぜんぶが、わたしの世界であり、わたしのすべてであり、わたしの存在意味でもあって。
でもそれはティキには重たいかな?足手纏いかな?でもごめんね、それがわたしだから。
(いつか言えたらいいな、じゃ遅いよね)
(好きだよ。ティキのぜんぶが)
「好き なの。ティキ」
もうティキ以外いらないの。ティキがいなくちゃ、ティキじゃなきゃ意味ないの。そんな風に神さまはわたしを作ったんだよ。そしてティキとこうやって出会わせてくれたんだよ。
(これ以外の幸せは、幸せじゃないよ)
「ありがと。オレも名前好き」
照れたようにティキが笑う。つられてわたしも腫れた目で笑う。ティキが死ぬときはわたしが死ぬとき、わたしが死ぬときはティキが死ぬとき。そんな不確かな約束はいらないから、だからどうか世界の中に2人が存在しますように。そしてお互いの世界にお互いが存在していますように。
そうしてやっと世界は廻る
(おかえり、ティキ)