▼ ↑ティキ

きっとティキに怒られちゃうね。エクソシストに恋した、なんていったら。

あのときはほんとうにそれくらいのことしか思わなかった。
ティキがみんなと同様にわたしのことを大切に思ってくれていることはわかっていたし、わたしもティキやみんながほんとうに大好きでノアであることに誇りを持っていたから、この世で1番正しいのはわたしたちだと思っていたしエクソシストなんて邪魔な存在だって信じて疑わなかった。
なのに、なのに。

(わたしは罪なことをしました)
(伯爵に叱られても仕方ないことを、)
 
「ああ名前、ちょうど今終わったよ。一緒にホームに帰ろう」

に、と笑ってティキは手袋をポケットにしまった。変わりに、わたしがどれほどいっても止める気配さえない煙草を咥えて、お気に入りのジッポで火を灯した。

ティキの足元には、地面を赤黒く染めるほどの血を流している 彼。

(ああ、)
(神、さ ま)

マリオネット

「ティ、キ…」
「名前?どうした?」
「なんで!…なんでっ、ころ、 殺したの…っなんで…!」
「なんで、って。エクソシストだからだろ?」
 
小さい子供をあやすような顔でティキはわたしの肩に手を添えた。わたしは自分でもわかるくらに震えていたし、正気ではなかったと思う。
望んでもいないのに目から涙が溢れてくる。壊れた玩具のようだった。

目や胸の奥の方がズキズキと痛んで、それがわたしの中のなにかを加速させた。


別に、ティキが彼を殺して帰って来たってわたしを問い詰めたりするようなことがあったって、そんなの知らないよと言ってやるつもりだった。
例えバレたとしても、そんなに愛してなんかなかったよと自嘲してやるつもりだった。なんでもない素振りを、してやろうと思っていた。

彼だってわたしが宿敵のノアの一族だなんて知ったらきっと牙を剥くだろうと思ったから。

(でも、そんなの)

「名前は優しいな。でもこいつは敵なんだよ。オレたちの敵なんだ」

わたしをきつく胸に押しつけながら、ティキは少し震えた声でそう呟いた。わたしはティキの背中に爪を立てることで精一杯で返事なんてできなかった。涙は止まらないし嗚咽は漏れるし、この年になって格好悪い。

(このまま震えて死ぬんじゃないかと、不覚にも思った)
 
わたしは少しでもあの人の助けになれただろうか。いや、きっと一滴もなれなかっただろうな。
わたしは結局、好きだって感情にほだされて幼稚な思考しか浮かばなかった。
好きだのなんだのいっておきながら神を裏切る気なんて更々なかったからだ。

いつだって絶対的な位置に伯爵がいて、それを取り囲むように家族がいた。わたしは彼らを心から愛したし、彼らもわたしを大切にしてくれた。
だからきっと少し刺激が欲しかった、とかいう愚かな考えだったんだ。

(でも、)
(それでもわたしは、)

「 好き、だった、の、」

(それだけだったの)

「名前、もう泣くな。千年公はなにも知らねぇだろうし、黙っとけばいい」

だから頼む泣くな、ときっと真っ赤に腫れ上がっているだろうわたしの瞼を親指の腹で優しく撫でながらティキは囁いた。わたしは、幾分かは落ち着いていたけれど涙がまだ止まらなかった。

「ティキ、ごめんね」
「仕方ねぇんだよ名前、オレらはノアなんだ」
「でもわたし、好きだったの。 エクソシストの彼が、好きだった…」
「、知ってるよ」
「なのに、彼のためになにかしてあげようとしなかった…」
「それでいいんだよ、名前。仕方なかったんだ」

ティキはわたしの顎をグ、と持ち上げて視線を合わせた。つう、とまた涙が頬を伝ったけれど気にならなかった。ティキの瞳は真っ直ぐで綺麗だった。

いつも戦闘で見せるような鋭いものじゃなかった。わたしたち家族を大切に思うときのような、優しい瞳。

「名前、 嫌なら、本当に嫌なら全力で否定してくれていい、から」

少し泣きそうな声でそういうと、ティキはわたしの唇に自分のそれを押し付けた。温かい温もりのある、ティキの唇。

(一瞬、)
(一瞬だけ彼、が)

わたしは堪らず目を瞑った。
ただ、わたしたちの周りをティキの煙草の香りが漂っていた。

壊れないマリオネット
(結局なにからも抜け出せないのね)
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