▼ リーガル
最初にその異変に気がついたのは、コレットだった。森の中を歩いていたとき、ふと立ち止まり空を見上げるコレットが視界に入り、リフィルがそれを振り返る。なにかを探るような視線だった。
ロイドに名前を呼ばれると、コレットはこちらを向いて困ったように笑った。
「雨、降りそうだよ」
言葉自体はなんら問題のないものだった。けれどそれを合図のように降り出した雨は、降りそうだよ、で片付けられる量ではなかった。バケツをひっくり返す、まさにそんな感じだった。
程なくしてロイドの髪がだらんと垂れてきた頃、ようやく見つけた救いの小屋へみんなして掛け込む。リフィルに配られたタオルでそれぞれ髪を拭き取り、窓を見遣った。
満場一致で雨宿りを余儀なくされた(しいなやプレセアの下ろされた髪を見たときはなんだか得した気分だったけど!)。
「名前、ちょっとこっちに来とくれ」
再び髪を結い上げたしいなに引っ張られ、普段より近くなった彼女の顔に耳を寄せる格好になる。なんだろうと思って首を傾げると潜められた声が鼓膜を震わせた。
「あんた、リーガルを手伝ってやりなよ」
「は?え?」
「ほら、あいつ手枷してるだろ?」
そう言われて自然にリーガルに視線を寄せる。しいなの言った通りリーガルは手枷のせいで少々、難儀そうに髪を拭いていた(それでも慣れているのか手付きは巧妙だ)。
「あ、…うん。そうだね、行ってくる」
「頑張っといで!」
背中を押されて、わたしはつい苦笑してしまった。しいなは自分の恋愛には奥手なくせに、他人の恋愛にはこうも世話を焼きたがるんだから。…と、ため息を吐きつつ心の中ではしいなに感謝。こうでもしてもらえないとあの寡黙な人に話しかける勇気さえ、わたしにはないのだから。
「リーガル、」
呼ばれて振り返ったリーガルに小さく息を飲む。水の重さで平べったくなった青い髪の狭間から覗く双眸がこちらを伺うように見ていた。綺麗な青い瞳だ。
わたしはなるべく自然を装い、リーガルの隣まで歩みよると彼の手元のタオルに手を添えた。
「拭いてあげるよ。大変でしょ?」
「すまない」
いささか戸惑っているように見えたけれど、わたしがすでに彼からタオルを受け取っていたので大人しくされるがままのようだった。
わたしに合わせるようにこちらに背を向け、リーガルが座る。膝をついてリーガルの青く長い髪に手をかけた。
「きれい、だね。リーガルの髪」
「そうか…。特別なにかしているわけではないのだが」
「ゼロスの髪も、すごくきれいだと思ってたけど、リーガルのも…。女として恥かしいなあ」
「環境が環境なのだ、仕方ないだろう。しかし私は名前の髪も、」
「あっら〜!名前ちゃん、俺さまの髪も拭いてくれよ〜」
ふいに背後から腕を回されてゼロスが張り付く(その表現が本当に1番よく合うと思う、)。その反動でわたしはリーガルの髪に鼻を突っ込んだ(一瞬ね、一瞬!)。
「わ、ぷ。ゼ、ゼロス…!」
「おっと、ごめんごめん。愛しのハニーがリーガルのおっさんにべったりだから俺さま妬いちゃうぜぇ」
「別にわたしは…!」
「神子。すまないが今は私が先だ」
「おうおう…言ってくれるじゃねーの、おっさん。あんたもしかして名前ちゃんに気があんのか?」
「ゼロス!」
「…神子には関係のないことだ」
「…!」
「ほらほら、おっさんがはっきりしねえ言い方するから名前ちゃん、期待しちゃってんじゃねーの」
「もう!ゼロスはあとで拭いてあげるから、あっち行ってて!」
「そりゃないぜ、名前ちゃん!俺さま、髪どころか心まで乾いちまう!」
「わけわかんないから!」
「はいはい、わかりましたよ〜っと」
ヒラヒラと手を振りながらゼロスは立ち去った。わたしは些か動悸の激しい心臓を深呼吸で落ち着けながら再度タオルを手に取る。明らかに指先が震えていたがこの際関係ない。
ゼロスも余計なことを言ってくれる。心配せずともリーガルがわたしを選ぶなんてことはないのだから。
わかっている、わかっている…けれどやっぱり悲しい。
「リーガル、」
「 …どうした?」
「えっ、あ、…髪、乾いたみたい だよ」
「ああ、礼を言う」
立ち上がるリーガルを見ていられず、わたしは手元のタオルを畳みながら目を伏せていた。自然にしていよう。せめてこの旅が終わるまでは、リーガルの仲間でいたい。それが1番いい選択、だろうから。
「名前」
「なあに?」
「先ほど言いそびれたことだ。私は名前の髪も、…いや、名前の髪は綺麗だと思っている」
「リーガル、…」
窓の外の雨脚が軽くなり、再び旅の準備にかかる。これから通る森は背が高く虹なんてものは期待できそうもない。
けれど、その選択を
(するのだろう、必ず)