▼ ティキ

わたし以上にあなたを愛している人なんていないと思うんだけど、あなたはどう思う?
パリパリに渇いてしまった指先の赤黒い血を剥がしながら、目の前で微動だにしない男を見つめた。朝日の登りかける直前の色は眩しすぎて確認できなかった。

まさかあなたがわたし達の宿敵だったなんて思いもしなかったものだから。
(ただ、よくバイトの入る人だなとは思ってたんだけど)


腕の付け根辺りにできてしまった傷を庇いながらもイノセンスの発動を続けたままのわたしを見て、ティキは諦めたようなため息を吐いた。
(それでも少し笑んでいるのはどうして?)

「偽りの神に従い続けてなにになるっていうんだ」

わたしにとっては偽りでもなんでもなかった。教団は守り抜きたい対象であったし、エクソシストとして生きる自分自身に誇りを持っている(今更ティキが敵だってわかったからってそんなの変わらない事実なんだから)。

わたしは重たい腕をもたげてティキを見据えた。ティキも動かずわたしを見ていた。動くことができなかった。

「ねえ、わたしが死んだらアクマにして傍においてよ」
「 それホンキ?」


ティキが少しだけ肩を竦めたので、それを合図にわたしは彼に向かって突進して行った。まだ充分に動く方の腕で懐に隠していたナイフを振り上げる。避けられるだろうと思っていたけれど、その刃はティキの胸元をちょうど貫通した(わたしの、腕ごと)。

「ああ、 やっぱり」

つき立てたはずなのにそこから血はでなかった。ナイフとわたしの腕だけがティキの胸を通過したのだ(へえ、ノアって便利なのね)。
半分諦めたようにティキを見上げると、細く思い詰めたような表情の瞳とかち合う。
ティキは自分の胸から刃を引き抜くとその腕できつくわたしを抱いた。

「ずっと前からティキには触れられないような気がしてた」

ティキの肩に寄せた額にじんわりとした温もりが広がる。わたし自身の存在を確かめるかのようにティキはなにもいわずにきつくきつくわたしを抱きしめた。

「名前はオレに触れられるよ。オレが触れたいと思ってるから」

くぐもったティキの声はか細く呟かれた。それをきっかけにわたしはイノセンスの発動を解いた。もうなんだってよかった。というよりは疲れてしまった。こうやってティキの腕の中で身を任せることができるのにどうしてわたしはこんなに泣きたくならなければならないんだろう。

「ティキ、」
「…あー、悪ぃ。戦うんだっけか」
「ティキ、わたしはね、こんなにティキのこと愛してる人間なんて他にいないと思うの」
「名前」
「人間としてのわたしの1番の誇りはそれだと思う」

例えどちらかがどちらかを失ったとしても、この世界が滅んでしまったとしても。ティキの背中にそっと手を這わせると、それに合わせるかのように彼もわたしを抱きしめる腕に力を込めた。

ティキ、いつか神も戦争もない世界で一緒になれたら いいね
 
「ティキ、 ティキ愛してる」
「名前…?」
「世界で1番、愛してるから」
「オレも、 オレも名前のこと愛してる」
「ありがとう…じゃあ、これが最期のお願い」
「…名前、?」
「わたし以外のものに触れたいって思わないでね」

ドッ、そんな鈍い音がしてティキの背中ごとわたしの腹に先ほどのナイフが突き刺さった。ティキの腕の中で死ねるなら自殺だって天国行きじゃないのかな、なんて朦朧としてくる頭でふいに思った。

どこか遠くの方でティキがわたしの名前を呼んでくれたけれど、返事できなくてごめんね。それから、ありがとう。


(今のこの一瞬だけでも、あなたに触れることを許されたのはわたしだけ)
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