▼ ティキ
恥を忍んでティキの部屋の扉をノックしたけれど、返ってきたのは沈黙だけだった。ドキドキしすぎて顔に熱が上がってしまっていたのに、拍子抜けしてしまって虚しい。
どうしようかな、ロードはもう寝てしまっただろうし。
振り返るとぼんやりと蝋燭の火が揺れる廊下がある。長すぎて奥の方は見えないことがなぜだかわたしの恐怖心を煽った。
今更、自分の部屋に帰る気にもなれず半ばヤケクソでティキの部屋のドアノブを回した(あ、開いてる)。
「ティキ?いないの?」
暗いティキの部屋のちょうど真ん中に佇む。大きな窓から月夜の光がキラキラと絨毯を照らしていた。ソファにもベッドにもベランダにもティキはいなかった。
(やっぱり仕事なのかな)
仕方なく、ベッドに倒れ込む。ティキの吸ってる煙草のほろ苦い香りがした。
(ダメだ、なんか緊張する…)
怖い夢を見たの、なんてこの年になって口が裂けてもいえない(特にティキには)(でもティキに傍にいてほしかった)。
まあ、いてくれなくってよかったのかもしれないけれど。だってティキの香りの染み込んだこの枕さえあれば傍にいてくれるような錯覚がするもの(でも温もりがないのは致命的かなぁ)。
真ん丸の月が綺麗な夜だった。その光りを浴びながらわたしはゆっくりと深みにはまっていく。ティキはいつ帰ってくるんだろう。
(おやすみ、ティキ)。
「おやすみ、名前」
チチチ、と小鳥の軽いさえずりで目が覚めた。強い朝日がわたしごとベッドを照らしている(わ、ティキの匂いが…)。
ああそういえば昨日はあのまま結局ティキのベッドで眠ってしまったんだった。伸びをしながら身体を起こすと、隣で規則正しい寝息を立てる男がいた。
(ティキだ…)
こんなに大きいのにわたしがベッドを占領しちゃったからきっと狭かっただろうな。ごめんねの意味も込めてずり落ちたタオルケットを胸の辺りまで掛けてあげた。
「んー……名前?」
「あ、おはようティキ」
「おはよ、よく眠れた?オレのベッドで」
「ええ、お陰さまで」
「びっくりしたよ。帰ってきたらいい抱き枕が寝てんだもん」
ニィ、と笑うとティキはわたしのうなじ辺りに手を回した。撫でられるようなその感触にくすぐったくて身を捩る。ティキはそのままわたしを胸元で抱きしめた。やっぱり煙草のほろ苦い香りがした。
tranquilizer
(あのね、愛してるよ)